どこまでも続くかのように思えた長い梯子にも、ようやく終わりが見えてきた。
途中何度か腕の力が抜けそうになることもあったが、彼女を守るという一心で持ち堪え、
最後の数段を昇りきる。
地上に出ると、アイツが言ったとおりすぐ目の前に整備場が見えていた。
東の空にはすでに太陽が昇りつつあるが、まだ六つの鐘は鳴っていない……ということは、
もう少しだけ猶予があるはずだ。
数時間前に出会った、小さな機体が一機、整備場へと向かい走る僕達の目に飛び込んでくる。
先ほど来た時には薄暗くてよく見えなかったが、朝日を浴びる機体は思っていたよりずっと
旧式の、それも、ものすごく古い型のようだ。
飛べるのか……という不安が頭をよぎりはするが、それでも、いつも飛ばしている物騒な
機体よりは、ずっとましなはずだ。少なくともそうだと、今は信じたい。
それに、アイツも点検をしてくれたと言っていた。
ただ一つ気がかりなのは、先の点検でエンジンの動作を確認できずにいたことだ。
コイツが飛んでくれるかは、なによりエンジンにかかっているのだから。
いや……いまさらあれこれ考える時ではないんだ、今から出来ることを全力でやるのみ。
その前に、アウラにはどこか見つかりにくい場所に隠れていてもらうことにしよう。
仮に奴らがここに踏み込んで来た時のことを想定するなら、それくらいの安全策は講じて
おくべきだろう。
今は、どんなに最悪の想像でも、自分から率先して思い浮かべて動かなければいけない。
嫌でも、だ。もうじき目標を遂げられる、というところまできたのだ。
絶対に、失敗するわけにはいかない。
「アウラ、少しの間、そこの格納庫の中にある、大きな箱の影に隠れていてくれるかい」
「わかった、あれね」
「うん、そう。準備ができたらすぐに呼ぶから、待っていてくれ」
「うん、分かった……気をつけてね」
「あぁ、任せてくれ(くそっ……焦るな、焦れば終わりだ。ゆっくり、素早くだぞ)」
そう言い聞かせながら、機体を大型機械で格納庫の外に運び出して、操縦席へと滑りこむ。
いつもとは違う見慣れない計器だが、こうなれば闇雲に触るしかない。
とにかく一刻も早くエンジンを動かして、飛び立つ準備をしなければ。
あれこれ試しているこの時間すら惜しい。
しかし、何度出力を上げてみても、エンジンが動き出す気配がまるでない。
――やはり、古過ぎるのか……!?
「この、ボロがっ!」
どうしても動かず、あまりにも思い通りにならない機体と状況に苛立ち、思わず、がつんっ、
と、機体の底を強く蹴ってしまった。次の瞬間、嫌な汗がどっと噴き出す。
しまった、なんてことを……壊したら元も子もないんだぞ!
「頼む、今のは無かったことに……悪かった!お願いだから…………動いてくれよぉぉ!!」
渾身の想いをこめ、エンジン出力をもう一度上げてみる。
すると、エンジンから、ブロ、ボロロロロ……という音が聞こえてくるようになった。
「お……お?う、動く、のか?動いてくれるのか!?」
と、期待するも、やはり動力不足なのか、電気系統がどこか接触不良を起こしているのか、
本来の力が出せずに、妙な音だけが響いている。どうする、あとはなにをすればいい。
応えてくれ……!
だが、そう願ったのも束の間、エンジンは再び沈黙してしまい、それっきりなんの反応も
示さなくなってしまった。
「お、おい、冗談だろう…………ちょ、おい、止まるな、動いてくれよ!!!」
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン――。
その時、ちょうど六つの鐘が鳴った。
アイツの話によれば、今まさに屋敷の大広間に用心棒共が集まっている最中だろうか。
アイツは多少の足止めにはなるだろうとは言っていたが、もともと奴らは荒くれ者だ。
頭が不在の状態で、一体、どれくらいまで忍耐力が続くだろうか。
もしかすると、ほんの数分足らずで飽きて、外に飛び出してくるかもしれない。
そんな想像が余計な焦りを誘う。今が一番焦ってはいけない時だというのに……!!
機体がなんの反応も示さなくなって、どれくらい経っただろう。
突然、ボンッ!という音を立てたかと思うと、エンジンが徐々に動き始めた。
どうして動き始めたのかはまるで分からないが、この幸運にひたすら感謝した。
「……ふぅ、電気系統じゃなかったのか…………でも、本気で駄目になったと思ったぞ。
まったく、ヒヤヒヤさせてくれるな、お前は。でもボロとか言って、蹴ったりして悪かったな、
ありがとう……」
そう呟きながら機体を撫でる。
人でも、機械でも、信頼関係は大事だ……蹴ってしまったが。
僕達はこれからコイツに命運を預ける。僕達が無事に逃げおおせられるかはコイツ次第なのだから。
その意味も込めて、もう一度、ありがとう、よろしく頼む、と呟いた。
「アウラ、もう出てきて大丈夫だよ!」
「ロキ、大丈夫!?」
「あぁ、なんとかエンジンが動いた。どうやらこれで、どうにかなりそうだ!!」
「これに、乗るの」
「そう……見てのとおり古くてオンボロだ…もしかしたら途中で落っこちるかもしれない。
それどころか、上手く飛び立てるかどうかも分からない」
「……」
「けれど、今はこの飛行機に賭けるしかないんだ」
「……でも、怖い」
「あぁ、そうだな。正直に言うと、僕もすごく怖いよ。でも今はコイツを信じるしかない。
急がないと追手がくる。……アウラ。僕は何度も、君が伸ばしてくれた手を振り払ったけど」
「……」
「今度は僕が君に手を伸ばす。掴んでくれたら……その手を、アウラを守る。信じて、いいよ」
アウラはほんの少し躊躇うように、屋敷のほうへと振り返った。
そう……確かに、簡単な選択ではないだろう。
僕の手を掴む、ということは、今まで生きてきた場所に別れを告げることになる。
不安な気持ちに駆られるのも、あんな場所でも離れがたい気持ちがあるだろうことも、
僕には理解できる。
なぜなら僕もここを飛び立ったら最後、アウラと同じように、ここにあるものすべてに別れを
告げることになるのだから。
あんな世界でも、まったく未練がない、と言えば嘘になる。
どんなに失う覚悟をしていても、その時その場所に立ってみなければ気づけないこともある。
そう、僕にそれらがあったように、多分、アウラにも大切な人や、ものがあるはずなのだ。
それでも、僕が今、心から守りたいと思う人は、僕の目の前にいるから。
だから――僕は彼女に向かって、手を伸ばし続ける。
「……寂しいかい?」
「え……」
「なにも感じないわけ、ないよな。あんな世界にも、大切なものはあったんだ。そんなことは
分かりきっていたつもりだったのに、今になってもっともっと、大切なものが大切だったって
ことに気づいた」
「……」
「でも、僕はもう迷ったりしないよ。だって、僕が守りたい人は、僕の目の前に居るんだから」
「ロキ……」
アウラはもう一度なにかを決意するように振り返ると、今度は晴れやかな顔で僕に向き直って、
それから、ぎゅっと、僕の手を掴んでくれた。
「ロキの手、あったかい」
「……信じてくれて、ありがとう。約束はきっと守ってみせるよ……さぁ、行こう!!」
「……うん!!」
そうしてアウラがちょうど操縦席の隣に乗り込んだとき、なにやら騒々しい様子がふと
屋敷のほうから聞こえた。
エンジンの音ですっかり掻き消されていたようだが、そのまま気づかずにいれば、悔やんでも
悔やみきれないことになっていたかもしれない。僕はその幸運に感謝し、屋敷のほうに目をやる。
早くもアイツが来ないことに気づいた者がいるようだ。
作品紹介
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-4-
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『空のそらと、風のうた』~episode:02 -世界の孤独-
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