-4-
それから数年が過ぎた頃。
真夜中過ぎても眠れずにいた、ある夜のことだった。
その時、なにげに聴いていたラジオから、“あのひと”の歌声が流れてきた。
心の底から、なにかが温かいものがあふれて来るような、そんな歌声で、
気づかないうちに、涙がどんどんあふれていた。私は、自分でそれに驚いた。
そして、それまで抱いていた、ふわふわとした気持ちが、その歌声を聴いた時、
突然、カタチを持った「夢」へと変わった、そんな気がした。
また、歌いたい・・・それも本気で、と。
あの日のいじめから、歌うことを避けてきた私が、
どうして急にそんなふうに思えたのかは、よく分からない。
ひとつ確かなことは、“あのひと”の歌声が、ずっと胸の奥に残っていたことだけ。
翌朝、朝の挨拶もそこそこに、私は昨夜感じたことと、そして今の気持ちを、
少し興奮気味に、両親に話していた。
いじめられて以来、なんとなく大人しく、引っ込み思案になっていた私が、
朝からずいぶんと衝動的になっていたものだから、両親は、私の変わりっぷりに
しばらく驚いて、それから、ふっと顔を和ませてくれたようだった。
私が歌にまつわる過去に、どれぐらい傷ついていたかを、よく知っていたからだろう。
だから、私の言う話に、とくに反対はしなかった。
ただ、なぜだか、なんとなく賛成もしてくれていないようだった。
母はちょっと応援してくれようとしているようにも感じたけど、
父はまったく、なにを考えているのかもさっぱり分からない素振りで、
私がその話題を切り出そうとすると、自然と話をそらすようにさえ、なっていた。
その頃の私は、両親のその態度が、どうしても許せなかったけど、
私自身、自分の気持ちを、あの朝以上に、どんなふうに話したら納得してもらえるのか、
分からなくて、お互いにこの話にだけは口を閉ざす日々が続いた。
けれど、それも長くは続かなくて、結局、ある時ついに、私の感情は吹きこぼれた。
「どうして無視するの・・・ねぇ!?」
今まで言えずにいた本音がつい、ふとしたことで口をついて出てしまったのだ。
居間でくつろいでいた両親は、どことなくバツの悪そうな顔を浮かべて私を見てから、
歯切れの悪い言葉でこう言った。
「その話はもう何度も聞いたよ。父さんも母さんも、べつに反対はしていないだろう?」
「でも、賛成もしてない!そうでしょう!?」
「・・・まぁ、正直に言うとそうだ。手放しで大賛成に応援、というわけにもいかない
だろう。お前もそろそろ子供じゃな―――」
「私は本気なんだよ、親だからって、私の夢を邪魔する権利なんかあるの!?」
父の言葉を遮るように、私はふたたび噛みついた。
すると、普段は穏やかな父の顔が、強張った。その瞬間。
「どうしてもそうしたいなら、自分ひとりで生きられるようになってからにするんだ」
父が、今までに見たことのない厳しい表情で私を見つめて言い放った。
母は、なにも言わず、ただ少しだけうつむいて、私を見ているだけ。
そう、もしかしたら両親も、私の昔のことを気遣って、色んな感情を抑えて、
わざと今までなにもなかったようにしていたのかもしれない。
それを私は・・・だとしたら、売り言葉に買い言葉っていう表現では済まない。
きっと悪いのは、一方的に私だ。
父の言うことは、なにも間違ってない。それどころか、正しい。
悔しいけれど、その頃の私はまだ、一人では何もできなかったのだから。
それでも私は後に引けず、どうしても喰いさがらずにはいられなくて、言い返した。
そのことに意味なんかないと、分かっていたのに。
「・・・じゃあ、一人で生きられるようになれば、夢を追いかけてもいいの!?」
すると、さっきものすごい剣幕で私に怒鳴った父が、その真剣な顔を少しだけ崩し、
諭すように、私に話し始めた。
「そうかもしれないな。だけどな、一人で生きられるようになるためには、まずは
色んなことを自分で出来るように頑張らなきゃいけない。夢があることは、父さんだって
悪いことだとは思わない。むしろその反対だ。お前がそういうものを持ってくれたことは、
父さんも嬉しい」
「だったら・・・!」
「でも、お前の言う夢って一体なんだ。それは、あんなふうに突然に口に出したりして、
それで、父さんや母さんが許せば、簡単に叶うような、それで済むような程度のものなのか?」
「違う、違うよ、やっと本当の気持ちに気づいたんだもん、本気だよ!?」
「そうか。だったら、お前の夢が本気なら、その本気のぶんだけ、そこに近づくために
誰よりもたくさんの努力や、苦しみも経験することになる、ということも、お前は
分かってるんだな?」
「・・・」
父のその言葉を聞くまでもなく、私はすでに自分の考えが甘すぎたことに気づいていた。
でも、認めてしまったら、それを口に出したら負けのような気がして、ぐっと口を
つぐんだ。
父は、そんな私の気持ちを、見抜いていたのだろうか。
私の返事を期待するでもなく、父は穏やかな口調で、ゆっくりと話の続きを始めた。
「まだ私達と暮らしているお前には分からないだろうが、自立して一人で暮らすように
なれば分かる。普通に生きるだけで、どんなに大変か。それに自立ってのは働いたり、
お金を稼ぐだけじゃない。いつもお前を支えてくれる人がいるとは限らない、なにかの
理由で孤立してしまう時もあるだろう。もしそうなった時、簡単に負けないように、
心を強くしていくことだって大事だと、父さんは思う」
うん、そのことなら、私もちょっとは知っているよ。
独りぼっちになることが、ものすごく辛いんだってことも。
いじめられた時のこと、私のそばにいた友達が離れた時のこと。あの寂しさ、悲しさも。
でも、あの時、私は強くなかったから、すぐに心が折れて、独りに負けてしまったことも。
絶対に、忘れない。忘れられない。
「・・・・・・。」
「ふぅ・・・父さんはお前を脅しているわけじゃないんだぞ。今すぐここから出ていって、
独りで生きろとも思っていない。ただ、夢を追うなら、他のこともしっかりやって
みろって言ってるんだ。自分が浮ついていないかどうか、もう一度よく見つめてみないか?
今の自分を、お前はどう思う?」
「・・・それは」
―――図星。
今度こそ返す言葉もない私は、ただ黙るしかなくて、せめてうっかり泣き出したり
しないように、奥歯をかみしめて、こらえた。
父はそんな私の顔を見て、少し困ったように頬を緩めてから、もう一言、
つぶやくように言った。
「失敗するのはいい。それはお前の強みにもなるだろうから。でも親としては無計画に
飛び出してむやみに傷ついてほしくない。古臭いかもしれないが、地に足をつけて、
一歩一歩進んでほしいと思ってる。それだけなんだ」
それだけ・・・って、どうしてそんなに色々いっぺんに言うの。
父さんが言うみたいに、そんなに色んなことを頑張ってたら、夢なんか追いかける暇、
あるの?
・・・応援、してくれるの、してくれないの?
けれど、もうそれは声にはならなかった。
心のカタチそのままに、想いを伝えることなんか、今の私にはきっとできないのだろう。
それなら、もうなにを言ったとしても、本当に言いたいこととは違うものになる、
そう思った。
結局、その時の私は、父の言葉の半分も正しく受け取ることができずに、
自分の思考もぐちゃぐちゃに絡まったままで、ただ無言で立ちつくすしかなかった。
作品紹介
昔、同人音楽サークルで作った「Yell!」という曲に書いたものです。
単にアーカイブです。
コメント(0)
コメントを読むには、ログインが必要です。
作者の他の作品
『虹色カナタ』 Image Story ep:05
あれから十数回ほど誕生日を迎えるまで、僕たちの毎日には本当に色々なことがあったし、
色々なことを覚えていった。変わったこともたくさんあった。
それは、もちろん僕にも言えることなのだけど、特にルミネの変化は大きかったと思う。
簡単に人前で泣かなくなったこと。