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『空のそらと、風のうた』~episode:02 -世界の孤独-

世界には大勢の人があふれている、という。
けれど、僕達の世界に関わりを持とうとする者は、ほとんどいない。
僕達の世界に関わりのない、たくさんの人間達。
彼らはそれぞれに世界を持っていて、誰もがその中で、それぞれに主役を演じているという。
そこでは、僕達など取るに足りない不在の存在。誰も気に留めたりはしない。
しかし、人の数だけ世界が存在するのなら、孤独もまたその世界の数だけあるのではないか。
それなら、その世界の数だけ生まれた孤独は、どこに向かうのだろう。
やはり、このような場所に流れ込んできて、いずれ淀みへと変わってしまうのだろうか。
おそらく誰もがこの世に生まれた時、独りきりではなかった。
けれども、人はいつの日か、どんな形であれ必ず、別れや孤独を経験する時が来る。
その時が遅いか早いか、誰にも予測できないし、ましてや、その日を決めることはできない。
例えるなら、冷たいレールの上を猛然と駆け抜ける列車のように止まれず、留まれず、
引き返すこともできない日々の隙間に、不意に“その時”が滑りこんでくるまで突き進むしかない、
そんな状況にも似ているかもしれない。
もしかすると、幸せや不幸の分量も、それに似たようなものなのだろうか。

世界中の誰もが等しく、その宿命を握って生まれたのか、あるいはそこにも平等はないのか、
それはきっと誰にも分からないが、少なくとも、僕……いや、“僕達”の生き抜く世界は、
そんなことを考えることすら許されないほどに厳しかった。
ここは、生まれてすぐに独りになった者、元は不自由なく暮らしていたが落ちぶれた者、
病気や怪我で働けない者、心を病んだ者、いわれなき差別や暴力によりここへ追いやられた者、
皆が、それぞれに人には言えない事情を持ち寄り、人知れずひっそり生きる、そんな場所だった。
誰もが等しく同じ環境に生を受けるわけではない、という現実を、この場所が証明している。

ここを『スクラップ置き場』と、面白半分に揶揄する者もいる。
確かに、ここは世界から見捨てられた人間が集まってできた、いわば最後の砦のようなものだ。
その代わり、ここでは生まれや育ちなどは意味を持たない。
また、大きな上下関係もないため、ある意味では、どこよりも平等な場所とも言える。
ここは世界のどこより無駄のない明快な場所だ、昔、学者だったという仲間もそう話していた。
事実、過去にどれだけ偉い肩書や身分を持っていようと、ひたすら互いに身を寄せ合って
生きなければ明日はないかもしれない、というシンプルな現実がここにはある。
それは、蜘蛛が張った見えない糸に絡め取られ、身動き一つ取れなくなった羽虫のように、
この場所から這い上がることすら叶わない僕達に残された、唯一の生き延びる方法でもあった。

こういう現実があるにも関わらず、世の中には“不要な人やものなどこの世界には存在しない”と、
声高に叫ぶ人間もいるという。
もし仮にそうなのだとして、それでは、僕達の存在は一体なんだというのだろうか。
この世界の誰が、僕達の、僕のことを必要としてくれているというのか。
雇い主か。いや、違う。上流の人間は僕を必要としてくれているわけじゃない。
ただ、僕のような存在は後腐れなく利用しやすいから、体よく飼われている、というだけだ。
もっとも、こんな身分で人様に利用されるだけでもありがたいと思え、と言う仲間もいる。
その言い分も、分からなくはない。
僕の昔からの夢、パイロットになりたいという願いは、皮肉にも彼らにより実現した。
ただし、当然ながら憧れていたとおり、とは行かず、物騒な仕掛けが施された飛行機に乗り、
中身を知らされず、得体の知れない荷物を運ばされる、そんな仕事をさせるために
パイロットに仕立て上げられただけなのだが。
それに、上流に飼われていると言っても、住まいはこの下層世界のままだし(不満はないが)
危険な仕事をこなして得られる報酬にしても、ほとんどあって無いようなものだ。
それでも一応、夢が叶ったことに変わりはないのも事実だった。
だから僕もなんとか自分にそう言い聞かせ、利用されるだけマシだと思うように努力はした。
だが、自分の奥底にある想いは騙すことができない。なにかが違う気がしてならないのだ。
そう感じるのは、僕が今、ここに生きていることを喜んでくれる人が、この世界のどこかに
ただ一人でもいいから居てほしい、という甘い気持ちを、未だに捨てきれずにいるからなのか。

そういえば、ここへ来てから、もうどれくらいになるだろう。
物心ついた時にはここにいて、そして特になに一つ積み重ねることなく、流されるままに、
僕はこれまでの年月を通り過ぎてきた。
とても、生きてきた、と胸を張って言えないような日々を。
それでも、そうやって生き延びていられる今、これ以上、底辺に行くこともそうないはずだ。
もしもこの状況よりも下があるとすれば、それは、命尽きる時だけかもしれない。

もっとも、今より上に行くことは望めないのだから、せめてこの底辺から解放されるなら、
そうなるのも悪くないかもしれない、と思うこともあった。
そういえば一度、爺さんにそんな気持ちを話したことがあったが、そのとき、それまで
一度たりとも僕に手をあげたことがなかった爺さんが、僕の頬を叩いたのを覚えている。
生きることを、そして命というものを、そのように軽く考えてはならない、と。
でも、僕にとって彼の言葉は理解しにくいものだった。
……生きているって、どういうことなのだろう。
人間として扱われなくとも、嘲られ、憐れまれても、毎日、生き延びられたことだけを喜び、
そのうちに、それすら呪い始めるような救いのない日々がただ延々と続いていくだけだとしても、
なお生き続けることに意味があるのか、と。

その思いは今もそれほど変わらないが、そんな僕にも、守りたいもの、守るべきものはある。
今、僕を育ててくれた爺さんが重い病気を患い、その命に危機が迫っている。
僕達にとって病気にかかったり、負傷することは、命を落とすことを意味する場合が少なくない。
医者にかかることもできなければ、薬を買う金だってないのだ。
となれば、自力で回復することを期待するか、さもなければ、命尽きるのを待つのみ。
しかし、見ず知らずの子どもである僕の親代わりを務めてくれた爺さんが、病の床に伏し、
徐々に弱っていく姿を見ているうちに、つい、いてもたっても居られなくなり、大きな危険を
冒すと知りながらも、あの場所に忍び込むことを考えた。

――どうして。
あの病は、彼をこの辛く厳しい世界から解き放ってくれようとしているのに。
それなのに、僕は彼をこの世界に留まらせようとしている。そうしたいと願っている。
そして、そのために必要なものを、盗んでまで手に入れようとしている。

――どうして?
それは考えるまでもない、けれども、どこか単純には受け容れることのできない感情。
複雑で、明快な想い。
『生きていてほしいから』

〈こんな世界で?〉
そうだ。
〈希望なんかないのに?〉
それでも。だって、大事な仲間……家族なんだ。
僕がここまで生きて夢を叶えられたのは、今まで一生懸命僕を守ってくれた彼のおかげなんだ。

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

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