「お金・・・これだけしか無かったよ」
「700か・・・うーん。オジサンも譲ってやりたいのは山々なんだが、これじゃちょっと、な・・・」
「そう、だよね・・・」
「オジサンも苦労して手に入れた品物だから、な。悪いが・・・」
オジサンは申し訳なさそうな顔をしたけど、その先の「あきらめてくれ」という言葉は言わなかった。
大人だから、子どもにそんな言葉を遣いたくなかったのだろうか。
オジサンなりに気を遣ってくれたのかもしれない。
ただ、そんなことよりも、今大事なのは、お金が足りない、ということ。
それでも、あきらめられない僕は色んなことを考えた。
それじゃあ、どうする・・・どうする?
絶対的に足りないお金とにらめっこしていた僕の頭に、ハッと一つの考えがひらめいた。
「じゃ、じゃあ、ねえ、オジサン!」
「どうした、そんな興奮して。商品はたくさんあるし、よかったら他のにするか、少しならまけてやるぞ」
「そうじゃなくってさ!来月の今頃も、この街に居るの!?」
「いや、悪いが、来月どころか、明後日にはこの街を立つつもりだよ。でも、どうしてだい?」
「それは・・・家の手伝いとかいっぱいして、来月たくさんお小遣いもらって、それで、買おうかなって
思ったんだけど・・・」
「・・・ふむ」
オジサンはさっきよりもさらに渋い表情で、僕のことを見ていた。
僕も負けじとオジサンのことを見つめた。今あきらめなければ、もしかしたら来月までいてくれて、
それで、このチャームを買えるかもしれない。
そうしたら―――!
「いや・・・本当は来月まで待ってあげたいが、オジサンにも都合があってね。船の予約も
取ってあるし、次に行く大陸には別の仕事も待ってるんだ。だから、すまない」
オジサンのその一言で、薄い望みもあっさりと砕かれてしまった今、僕にできることはもうない。
なにか良い方法があるなら、誰でも良いから教えてほしいと心から思った。
でも、いつまでもゴネていても仕方がない。どのみち、お金は足りないのだから。
「そうか、それじゃあ無理だよね、困らせてごめん」
「いや、こっちこそすまないな、ボウズ」
そうさ、僕だってもう物分かりの悪いような歳じゃない。
大人には大人のジジョーってやつが、きっとあるんだと思う。
だから、もう引き下がるしかないかと、一度は本気でそう思ったんだ・・・けど。
どうしても今あきらめたら、ものすごく後悔する気がした。
ルミネとの小指の約束があったから、だと思う。
だったら、だったら、えーっと。
・・・そうだ!!
おそろいで買えないなら、ひとつ買うっていうのはどうだろう。
ひとつだけなら、ここに買えるだけのお金も、ギリギリだけどちゃんとある。
それをルミネにあげればいいんじゃないか。そうだよ!
僕のぶんは・・・そうだな、もうコドモじゃないからいらないってことにしよう。
うん、きっとそれが一番いい考えだよ。
でも、父さんから預かったお金も使ってしまうし、絵の具も買って帰れないから、
きっと家に帰ったらすごく怒られるけど・・・それでもいいや。
絵の具や画材はいつでも買えるけど、これは今日だけしか買えない特別なものなんだ。
帰ったら、ひたすら素直に謝ろう。
「あのさ、オジサン!」
「ん、どうした?悪いがさっきの話だったら――」
「違うよ、ひとつお願いがあるんだ」
「んー・・・よし、ここまで付き合ったんだ。聞くだけ聞こう。言ってごらん」
「うん・・・あのさ、そのチャーム、ひとつだけ売ってくれないかな!?」
「え、ひとつだけ、かい?でも、これは二個で一組のお守りなんだ。だからひとつだけって訳には・・・」
「ごめんオジサン。ワガママ言ってるのは分かってる!でも、それをどうしてもあの子にあげたいんだ!」
「一応・・・理由を聞かせてくれるかい?」
「うん、今日は朝から大きな虹を見てさ、あの子のところに行ったんだ」
「虹を、かい・・・うん、でもそれとこの石とどういう関係が?」
「それは、えっと・・・そう!僕が『虹の根っこを追いかけよう!』って言い出して」
「虹の根っこ、か。ずいぶんメルヘンな話だね。それであのお嬢ちゃんを連れ出してきたわけだ」
「うん、まぁね・・・笑っても良いけどさ」
「いやいやー、笑ったりしないさ、オジサンだって夢を売る商売だし、そういう話も大好きだからな」
「そっか、うん。それでね、僕たちはここまで来たけど、オジサンにも見えるでしょう?
虹はまだあるけど、虹の根っこなんか、この大陸のもっともっと向こうの、もしかしたら海を超えた
先にあるのかもしれない」
「うん・・・そうかもしれないな」
「でも、僕はあの子と約束をしたんだ、小指の約束」
「小指の約束?ってどんなだい?」
「『虹のカケラ』を、ご両親へのお土産にしようねって」
「そりゃあ・・・むぼ、いや、豪快な約束だ」
「うん。でも虹の根っこには行けないから、守れない約束をした僕は、やっぱり嘘つきでさ」
「・・・」
「だけど、オジサンのお店で、この虹色の石を見つけられたから。せめて、本当の『虹のカケラ』
じゃなくても、この石で、約束を守れたら、って思ったんだ」
「・・・」
「お、オジサン?」
オジサンは突然大きく息を吸い込むと、急に黙りこみ、これまでにないほど険しい表情になってしまった。
僕は嘘をついているわけでも、言葉巧みにだまそうとしてるわけでもなかった。
ましてや、泣き落としやタカリをする気もないのだけど、ただ、ちょっぴり卑怯だったかもしれない。
怒らせてしまったのかと不安な心持ちでオジサンを見ていたら、急に両肩を大きな手でガシッと掴まれた。
痛い。でも、そんな事よりも驚いたのはオジサンの顔だ。
泣いてる。
「ど、どうしたの、オジサン」
「ボウズ、あの子のこと、すごく大事なんだな」
「・・・当たり前だよ」
「言い切るところがシビれるね。はぁ・・・俺も、ふるさとに残してきた嫁さんと娘の顔が浮かぶよ」
「・・・ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「だって、なんか卑怯だったかもしれないから、ごめん、オジサン」
「べつに謝ることじゃない、卑怯でもない。ボウズはその『約束』を守りたいだけだ、そうだろう?」
「うん・・・」
「・・・よぉし、分かった!!俺も男だ。で、ボウズ・・・じゃない。名前、なんて言うんだ」
「オルト、です」
「よしオルト、お前さんも男だ。良いよ、700でちゃんと二つ譲ってやる!!その代わり、小指の約束、
しっかり守ってやれよ」
「・・・ホント!?ホントに良いの!?」
「ああ、もちろんだ。一度言ったことは守る、それが『約束』ってもんだろう?」
「うん、オジサン、ありがとう!!本当に良かったぁ・・・」
「おいおい、せっかくボウズ返上だったのに泣く奴があるかい。ところで、買ってくれたお礼にひとつ
良い話を教えてやるよ。ここだけの話、この石は本当に『虹のカケラ』らしいって聞いたことがあるぞ」
「・・・えっ、ホントに!?」
「よくある噂だけどな。誰も虹の根っこには辿りついたことがないんだから。でも、虹は生まれてから
消えるまでに、その場所になにかを残しているのかもしれないって思わないか?たとえばこの石みたいに。
もしもそうだったら、コイツみたいな珍しい石には、なにか魔法が宿ってるのかもしれないな」
ごつい顔に似合わずロマンティスト・・・いや、それは失礼だよな。
ただ、ずいぶん出来過ぎた話だ、と思いかけたけど、僕はオジサンの話を信じてみたくなって、
素直に胸にしまうことにした。
そして最初、怪しい、なんてことを思ってしまったことを心の中で謝って、それからオジサンが
困ってしまうくらい何度も頭を下げてお礼を言い、お別れをして、僕たちは明るいうちに村に帰った。
家に帰ってからの僕は、絵の具や画材を買うはずのお金で『虹のカケラ』を買ってしまったことで、
案の定、母さんにこっぴどく叱られたけど、父さんはチラリとチャームを見て「綺麗だな」の一言。
僕をガミガミと叱っていた母さんは、父さんのその言葉に一瞬目を丸くすると、大きなため息をついて、
僕を叱るのをやめてしまった。
それにしても、父さんがいくら普段から無口なほうだとは言っても、さすがに叱られても殴られても
仕方ないと覚悟もしていたのに、肩すかしを食わされた気分だった。
べつに殴られたかったわけではないのだけど・・・。
その後もほとんどなにも言わずに、明日街に用事があるからついでに買いに行ってくるよとだけ言うと、
普段どおり、アトリエにこもってしまった。
自分の父親ながら、やさしいのか、なにを考えているのか、よく掴めない人だと思った。
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作者の他の作品
『空のそらと、風のうた』~episode:16 -ふたりの息子-
ザッ、ザッ、ザッ。
少し離れた場所から、規則的に音を刻む足音が聞こえている。
こちらに向かっておるようだな。数は……一人か――。
「……武器をしまってくれ。俺だ」