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『空のそらと、風のうた』~episode:16 -ふたりの息子-

ザッ、ザッ、ザッ。
少し離れた場所から、規則的に音を刻む足音が聞こえている。
こちらに向かっておるようだな。数は……一人か――。

「……武器をしまってくれ。俺だ」
「お前か。『至急、秘密の場所に来られたし』突然こんなものを匿名で寄こされたら、
そりゃ警戒もするじゃろうが。して、なんの用だ」
「元々、歓迎されようなどと思っていないが、アンタからそう言われると辛いものがあるな」
「ワシの息子だった頃のお前は、あの時に死んだ。その手を我らが同胞の血で染めた時からな」
「仕事だったとはいえ事実だ。否定はしない」
「ならば、いまさら人目を避けて、なんの用があると言うのだ」
「ロキ、アンタが育てあげた少年のことで話がある」
「ロキ、だと。まさか、お前……ヤツにまでなにかしでかしたとは言わんだろうな!?」
「安心しろ。なにもしてはいない」
「では、なぜヤツの話を」
「アイツからの手紙を、アンタに届けにきた」
「手紙だと?ヤツは仕事を終えれば大抵帰って来ておる。帰らぬ日もあるが……それにしても
なぜ手紙など――」
「……アイツはもう、ここには戻らん」
「それは……どういう意味じゃ」
「とにかく、これを読めば分かるはずだ」

そう言って男が差し出したしわくちゃな封筒を、ひったくるように老人が手に取ると、
少し取り乱したようにその封を切り、中に入っていた手紙を夢中で読み始めた。

『爺さんへ
 
 ロキです。急いでいるから手短に書くけど、ごめん。
 爺さん、今日まで僕のことを育ててくれて、本当に感謝してる。
 僕が今までこうして生きてこられたのは、爺さんが居てくれたからだ。
 昔、僕が命を落として楽になるのも悪くないと言った時に、爺さんは僕を叩いたな。
 命は大切にするものだと言って。
 でも、僕はあの時からずっと、なぜ辛い思いをしてまで生きなくてはいけないのか、
 分からなかったし、なんの希望もなく生きていて、どんな意味があるのかと腹も立った。
 でも、今はなにか違っている。それはきっと今、僕に大切な人ができたから、だと思う。
 もし僕が今、生きていられなかったら、こんな気持ちを味わうこともできなかったし、
 誰かのことを守りたいと感じたり、そうすることもできなかった。
 爺さん、僕はこれから、その子を連れて、この屋敷から逃げ出そうと思っている。
 馬鹿なことを、と思うかもしれないけど、自分の意思でそうしたいと思ったから、
 だから、やってみる。もちろん上手くいくかどうか、まるで自信はない。
 爺さんがこれを読んでいる頃、僕はもしかすると……。
 いや、やめておく。弱気は捨てて、とことん粘ってみるよ。
 絶対、無闇に命を捨てたりはしない。

でも、一つだけ気がかりなことがある。
 計画が上手くいってもいかなくても、僕はもう二度と爺さんと仲間の元には戻れない。
 それを考えると寂しくて悲しくて、たまらない。
 ……それでも、僕はあの子を、どうしても守りたい。
 爺さんは、僕がこうして自分の道を決められたことを喜んでくれるのかな。
 なんて、我がままなことを言っているかもしれないけど、親不孝者な僕を許してほしい。
 
 そして、今までそうしてくれたように、これからも皆のことを助けてあげてほしいんだ。
 爺さんなら、僕なんかに言われるまでもなく、そうしてくれると信じているけど、
 僕が今生きていることを嬉しく思えているように、その気持ちをなくしてしまった他の皆にも、
 いつか、今の僕と同じ気持ちを味わってほしいから。

どうか、体に気をつけて、もっとたくさん生きて、できれば幸せでいてください。
 どこに行こうとも、僕はあなたのことを、いつでも想ってる。
                                        ロキ 』

「あヤツめが、いつの間にかずいぶんと生意気を言うようになったものよ。ワシの心配などと、
まだまだ早いわ」
「アイツは……。いや」
「なんじゃ。言いたいことがあるならハッキリ言わぬか」
「アイツは心の強い、優しい……男だな。この場所で同じようにアンタに育てられたのに道を
踏み外した俺とは違って、いつでもアンタの教えを胸に、心の赴くまま強くあろうとしている」
「そのようだ。うむ。なによりの親孝行者じゃな」
「耳が痛い……だが、アイツがアンタに育てられたことを知った時は、俺も心底驚いた。
そして嬉しくも思った。弟ができたようでな。そういう感情がまだ俺の中に残っていたことにも
驚いたが、こんな俺でも、アイツの力になりたいと思わせてくれた」
「そうか」
「もっとも、臆病者の俺では大した力にはなれなかったが」
「ふむ……」
「これは、俺が言えた筋ではないが、アイツを、ロキをまっすぐ育ててくれたこと、感謝する」
「まったくだ、お前に言われる筋合いではないな。だが――」
「……」
「忘れるな。ワシにとって、ロキ同様、お前も大切な子どもだ。道を外れようと、汚れようと」
「しかし、さきほど、俺は死んだと……」
「そうじゃ」
「その通りだ、と俺も思っている。アンタが育ててくれたあの頃の俺は、もう居ないのだから」
「あぁ」
「それでも俺を、自分の子どもと言ってくれるのか……、許す、と?」
「許すも、許さんもなかろう。ワシがお前を育てたことは事実なのだから」
「……そうか」
「伝言、感謝するぞ。しかし、このようなことをして、お前の立場は大丈夫なのか」
「あぁ、俺はもう屋敷へは戻らん。俺が仕えるべき主は、すでにこの世には居ないのでな」
「お前、まさかまた……」
「正義のためなどと言う気はない。理解してもらおうとも思わん。俺の悲願だっただけのことだ。
遅かれ早かれ、この場所……いや、すべてを俺から奪ったあの男に必ず復讐すると誓っていた。
その時が、計らずも今日、訪れた。それだけだ」
「そうか……まぁ、これは、あくまで独り言だが、この場所を食い物にする者が減ったことは、
ここに住まう連中にとっても、そう悪い話ではあるまい」
「そんなことを言ってもいいのか。俺達に生や命を大切にすることを教え込んだアンタが」
「……独り言だと言うておるのに。まぁ、お前も知っての通りじゃ、ワシらは綺麗事ばかりでは
生きられぬ。哀しいかな、幼な子に教えるべきことと、世界が抱える現実との矛盾はまた別の話
なのだよ」
「……かも、しれんな」
「お前はこれからどうするつもりなのじゃ。再びここで、というわけにもいかんのだろう」
「もはや俺にその資格はない、それにおそらくお尋ね者の身だ、迷惑をかけるわけにはいかない。
だが、俺は俺でどうにか生き延びてみるつもりだ。それが俺を育ててくれたアンタへの、
せめてもの恩返しになればいいが。……俺はロキのようにはいかないだろうがな」
「はっ、ワシへの気遣いなどと余裕のつもりか。ひよっこのお前は自分の心配だけをしていろ」
「……ふ」
「ほぅ、珍しいものが見られたな、お前がそんな顔をするとは」
「今の言葉を聞いて、俺もアンタに育てられたんだということを、つくづく思い知らされたよ」
「なにをいまさら、わけの分らぬことを」
「いや、いい。気にしないでくれ。少し嬉しかっただけだ。これを……」
「これは……」
「一日たりとも肌身離さず身につけていた。これが俺とロキを引きあわせてくれたのかもしれん」

男が老人に手渡したものは、男が胸にかけていた銀細工のお守りだった。
それは遠い昔、男が幼い頃に、老人が首にかけてやったものだ。
ずいぶんと色褪せてしまっているが、それはその年月の数だけこのお守りとともに男が生きてきた
証でもある。
老人はそのことを嬉しく思い、また、そのような大切なものを受け取って良いものかと思案する。

「未だに持っていたとは、驚いたな。しかし、お前……良いのか、このようなものを」
「ああ。もし良ければだが、これを俺だと思って持っていてはくれないか」
「……そうか。お前がそう言うならば、わかった。では、遠慮なくそうさせてもらうとしよう」
「……」
「先ほどお前はロキのようになれんと言ったが、ヤツのようになる必要はない。ロキはまっすぐ
過ぎる。それが良いところだが、危ういところでもある。かく言うワシの若い頃も、どちらかと
言えばロキではなくお前に似ていた。戦に身を投じていた頃も、ここへ流れ着いた時にも常に
荒事にまみれた人生だった。この手もお前同様、汚れておるのだよ」
「……そうか」
「その償い、とは言わんが、こうしてワシが生きていることで仲間達の支えになれておるのなら、
命尽きるまでワシの持つすべてを仲間達に授け、守っていくつもりだ。ロキからの手紙のようにな」
「……立派なことだ。俺には真似できん」
「決めつけるのか。いつなにがどう転ぶか分からんのが人生、それがお前の信条ではないのか」
「まったく、本当にアンタにはかなわないな。……だが、俺も、アンタのようになれると?」
「お前が望みさえすればな」
「では、そう心がけるようにしよう。それと……最後に俺から、一つ頼みがあるのだが」
「珍しいな、言ってみろ」
「空を……そう、ここからでもいい、空を見ていてくれないか」
「空を、か?」
「ああ。アイツが……ロキが無事に逃げおおせるとしたら、あの場所しかないからな」
「空、か。昔からよく言っておったわ、自由に飛んでみたいとな」
「そう、か」
「あの子の夢を叶えてくれたこと、感謝するぞ。今のロキがあるのもお前のおかげじゃ」
「それはアイツの強さだ。俺はなにも――」
「謙遜するな」
「……どうかくれぐれも達者で。アンタのような素晴らしい人は死んではいけない」
「お前こそ、命を粗末にするなよ。ワシだから、ロキだからできることがあるように。お前だからこそできることがあるはずだ」
「あぁ…胸に刻んでおくよ」
「結構」
「それでは、な……」

老人は、寡黙に立ち去っていく男の背中を、その姿が見えなくなるまで見つめていた。
そして、ずっと言えずにいた言葉を、もはや届かぬ背中に向かって呟く。立派になったな……と。

「まったく、別れとは急なものだ。分かってはいても、こればかりは慣れることができんな……。
それも時を同じくして、二人の息子と別れねばならんとは。しかし、彼らがこの世界で生きて、
それぞれの道を選んでいく姿を見届けられたワシは幸せ者か……しっかりと生きろ、息子達よ」

老人は少年からの手紙と、男の色褪せたチャームを大切に懐にしまい、少し寂しそうに微笑むと、
相変わらず歪な形をした空を見上げ、少しの間、深くしわが刻まれた頬を、涙で濡らした。

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

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最後の数段を昇りきる。
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