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プシケの歌

詞・曲 西川 光

プシケ プシケ
 お前の頬を熱く流れる
 涙のしずくを
 この手のひらに集めてみたい

キラキラとキラキラと
 星のように 密かに
 優しく 輝くだろう

悲しみも苦しみも笑顔に隠し
 愛する喜びを教えてくれた

オーオー

プシケ プシケ
 心の中で 変わらず
 生きる いのちの雫

オーオー

プシケ プシケ
 心の中で 変わらず
 生きる いのちの雫

オーオー

プシケ プシケ
 星となって いつまでも
 いつまでも 見ていておくれ

プシケ プシケ
 ンーンーンーンー

プシケ プシケ
 ンーンーンーンー

(c)Hikaru Nishikawa Printed in Japan

作品紹介

サイトには、つくりてさんしかいないわけではありません。

大衆だって、いるのです。

みなさんがたのしみたいように、大衆だって、素敵な歌が聞きたいのです。

自分たちがたのしければいい。

それも音楽ですけど、もっとたのしいこともあります。

大衆をたのしませることが、たのしい。

それも音楽です。

自分が常に正しいのでしょうか。ここのサイトの世界が、世界の標準ですか。

いつも、いつも、つくりてさん。つくりてさん。

そこに大衆の居場所ないですよ。

マイサウンドがどうしてああなったのか。

自分たちがよければいい、という世界になったからです。

あれは、たのしい世界でしたか。

大衆は、たのしくなかったのでは。

大衆だって、たのしみたいんですよ。

けれど、いつも、いつも、つくりてさんの気持ちばかりですよね。

それで、大衆は来てくださったでしょうか。

いなくなったではないですか。

これが現実です。

そこにおもてなしの心がないからです。

みんな自分のことばかり。

常に自分が正しい。

ではないです。

世界にはいろんな世界観や価値観があります。

自分のちいさなものさしで、世界などは図れません。

大衆の気持ちはどうなるのでしょうか。

だったら、こないですよ。

つくりてさんは、自分たちのことしか考えていないのなら。

それって、さびしくないですか。

ここには、大衆だって、いるのです。

自分たちさえたのしければいい。

それだけでは、伝わらないですよ。

おもてなしの心なんです。

偏らない、ためにいっています。

だって、サイトに大衆がこないなんて、かなしすぎですよ。

それって、完全な自己満足ってことの証明じゃないですか。

ここは、つくりてさんが大衆にアピールすべき場所ではないんですか。

こんなに素敵な歌があるよ。

なのに、どうして、大衆は離れてしまったのでしょう。

いつも、常に自分が正しい。それでは....

マイサウンドが光をなくして、消えたように。

これが正しい、なんてものはなにもないです。

ならば、世界が求めなければならないのは、なんでしょう。

中庸。

調和です。

世界が偏った方向にいくのであれば、それは危険です。

また、マイサウンドのような世界になるだけです。

それは、素敵なことかな。

疑問に感じます。

その内省があって、どうしたら、ここに大衆がたくさん来てくださるのか、もうそろそろ考えもいいのではないですか。

自分のことばかりではなく。

大衆には、あなたが

「なにも気がついていない」

と感じているのかもしれない。

あらゆる方向から、見なければ、作品はあなたの気持ちだけになってしまいます。

それって、一方通行ではないですか。

それがいけないというのではなくて、それが全てではないということなのです。

わたしは、大衆の気持ち優先で、作りますよ。

どんなものが喜んでくれるのだろう。

何故なら、大衆が喜んでくれるのがうれしいからです。

だったら、大衆の気持ち。

おもてなしの心です。

大切にしてあげないと。

大衆は来てくださらないですよ。

中村 香織

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