贈る言葉
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作品情報
| ジャンル | フォーク |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
子供も お年寄りも ハンディのある人も、みんなが当たり前に暮らせる社会を作ろうと理想を胸に抱いて、
長崎の山の麓から、小さな女の子は大きな夢と希望に燃えて京都にやってきました。
大学もまじめに学び、地域のボランティア活動にも熱心に参加しました。
4年たち卒業すると、ご両親は長崎に帰ってくることを望みましたが、
彼女は京都の障害者施設に勤め、福祉の道に進み頑張っていました。
仕事しながら、勉強もこつこつがんばり、いくつもの福祉関係の資格も手にしました。
ケアマネや成年後見人の制度にも関わり、ある年、老人福祉施設に仕事の場を移しました。
そこには大きな苦しみが待っていました。
彼女が自ら死を選び、亡くなった夏が、今年の8月で丸7年になります。
29歳で亡くなった彼女が、もし自死を思いとどまっていたら、今年で36歳。
結婚し、子供も一人ぐらいはいただろうか、、、、
いや、彼女と一緒にボランティアの活動をしていた仲間は、僕も含めて2~4人の子供がいるから、
二人ぐらいは、子供がいたかもしれない。
彼女はお父さんをとっても尊敬していました。
お父さんが京都の大学で学んだから、彼女も京都の大学を選んだと、聞いたことがあります。
彼女は京都が大好きでした。
お父さんは説教師をされていて、全国を回って、いのちの大切さを説いておられます。
彼女が亡くなった後、お父さんは、胃を切除する手術をされ、激やせされました。
なぜ娘が死んだのか。
大好きな京都で、
天職の福祉の仕事をしていたのに・・・
最後に勤めていた職場の同僚から、
彼女の仕事の様子や、なぜ死ななければならなかったのか、
お父さんはずっと、真実を知りたいと思っておられます。
彼女の家族や、僕から見れば、彼女が最後に勤めた施設は、とても冷たい対応に見えます。
僕たちは、きちんと話を聞くために、
たとえば、弁護士を通して施設と交渉することなどもご提案しましたが、
そこまで踏み切れずに、7年がたとうとしています。
彼女の死は、同僚による職場でのいじめ、陰湿な業務妨害が原因でした。
何でこんなに良い奴が 人より早く死ななければならないのか…
こころざし半ばで亡くなった友人を思い、歌わせて頂きました。
千夏親分がキーボード
カライケさんと、ミヤケちゃんがメインボーカルで歌っています。
ギターはtottoです。
なごりゆき
私の子供たち
も同じ集まりでの演奏です。
また彼女の七回忌の昨年春に、笑顔のむこうにという詩を書きました。
3曲ともここで公開させていただいています。
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