象のこもり歌(ドビュッシー作曲「子どもの領分」より)
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作品情報
| ジャンル | クラシック |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
ドビュッシー作曲「子どもの領分」第2曲。1曲目の「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」より、これに続きます。2000年2月14日(月)~15日(火)に、出身大学の音楽祭である第24回萩音会音楽祭に出演した際、演奏したもの。宮城教育大学講堂。ピアノはYAMAHAのグランドピアノ。
1999年から2000年は自分にとって濃い年だった。現在の妻とはまだであっておらず、別の年上の女性とつきあいそうになって、振られた(またそれ系の話かよ。@自分で突っ込んでおきます)。いや、宮台真司の対談か著作かだけど、男は年上の女性に振られないとだめだ、という話があったとおもうのですよ。自分は思いっきりふられたなあ。痛かった。でも、なんというか「こりゃ、うまくいくわけないじゃん」というのが、もりあがってくる自分の心とは裏腹にあったりして、であったばかりというか、まだ成就の可能性が幾ばくかあったかもしれない時点での、その人の部屋で、自然に涙がでてきてしまったりして、変な感じだった。1999年の桜が咲くころには、「おつきあいする、ということではなくて」という状態になっていた。自分の体に空虚が貫くのを、「わかりました。うん、そうですよね、うん。」といった強がりなポーズを必死にとって、耐えた感じだった。そう、そしてそのとき、「約一年くらいでいい、この始まりそうだった、おわってしまった、ちょっと甘く切なく苦いなにかが亡くなってしまうことの、喪にふくそう」、という気持ちで、新たな出会いをことさら求めたりせず、この年度を過ごしたのを覚えている。10年経つからこんなことを書いてもいいかとか、思いつつかいてみる。消すかも。まあ、一旦はUP。
この第2曲目の「象のこもり歌」より、第3曲「人形へのセレナーデ」に続きます。
廣川 裕太コメント(3)
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