あれから十数回ほど誕生日を迎えるまで、僕たちの毎日には本当に色々なことがあったし、
色々なことを覚えていった。変わったこともたくさんあった。
それは、もちろん僕にも言えることなのだけど、特にルミネの変化は大きかったと思う。
簡単に人前で泣かなくなったこと。
まっすぐに目を見て話すようになったこと。
僕の後ろじゃなくて、隣を歩くようになったこと。
そして、もう僕の服のすそを掴まなくなったこと。
大人に近づいているのだから、ごく当たり前のことなのに、なぜだかあの頃の僕はそのことに
少しの寂しさを覚えていた。
そして、今や彼女は、僕の少し前を歩くような早さで、とある夢に向かって歩き始めているらしい。
もう「大丈夫、僕がついてるよ」なんて、とっくに言えなくなってしまっていた。
「あーあ。あの頃は僕の服のすそを掴んで、パパ~、ママ~って言ってたのに」
「もー、しつこいなぁ、そんな昔のこと、大声で言わないでよ」
「・・・昔、か。そうだよな」
「そうよ・・・あれから私たち、少しは大人になったんだし」
そう、大人に近づきつつある僕たちの間には、いつしか微妙な距離が生まれるようになっていた。
だから今、不器用だったけれど、いつも一緒に居て、素直に感情を出していた頃を懐かしく思う。
それとほぼ同時に、あの『虹のカケラ』のことを思う。
買ったあの日から一日も手放したことはなかったから、この石には僕たちが育ってきた時間の中で
感じた色んな想い、嬉しいこと、悲しいこと、他にも大事な想い出が全部これに詰まってる。
「・・・あの時の『虹のカケラ』、まだ持ってる?」
昔みたいに少しぶっきらぼうにそう言うと、僕は、手に持っていたものを彼女に見せた。
すると、彼女も「もちろん!」と言ってニッと笑ってから、僕が持っているものと同じ色の石を
取り出して、揺らして見せた。
「へぇ、ペンダントに加工したのか。洒落てるな」
「そうでしょー、それに、これならいつだって身につけていられるからね」
「あのオジサン、元気かな」
「今もどこかで元気に宝石売ってるといいね」
「そうだな。うん・・・ほんとうに。あ、ところで、知ってるか?」
「なに?」
「この石だよ、石の名前」
「え、『虹のカケラ』でしょう?」
「まぁ、そうなんだけど、この石、本当に本物の『虹のカケラ』かもしれないってさ」
「えーー、そんなわけ」
「そう思うよなあ。でも、あのオジサンが言ってたんだ。虹は生まれてから消えるまでに、
その場所になにかを残しているかもしれないって。たとえばこの石みたいに、ってさ」
「そんな素敵な話、初めて聞いたよ。なんで教えてくれなかったの?」
「なんか、話すの勿体なくてさぁー」
「なにそれー!」
「はははっ」
最近のぎこちない空気はどこへやら、僕たちはこの『虹のカケラ』をきっかけに、まるで幼い頃に
戻ったかのように、素直なままで笑いあえた気がした。
・・・オジサン、あなたが言っていた石の魔法って、本当にあるのかもしれない。僕は信じるよ。
「あともうひとつ。さて、これを光に透かしたらどうなるでしょう?」
「え、知らない、けど・・・」
「じゃあ、やってみてよ」
「え、いいよ。あとで――」
「いーから、いーから、ほら!」
渋る彼女のペンダントを持ったほうの手を無理やり取ると、僕の手と重ねて、夕焼け空にかざした。
オレンジ色の世界に光る七色の石、ふたつ。
その七色が夕方の光に反応して、模様を変えながら輝き始める。
「へぇ・・・すごい!こんなの知らなかったよ!」
「ね、すごいでしょ?」
「うん!!・・・へぇ」
彼女は夕焼けに模様を変えながら輝く石をいたく気に入ったようで、随分長い間、光にかざしては、
うっとりしていた。僕はオレンジ色に染まる彼女の横顔に見惚れていたけど。
「そういえばこれって願い事が叶うチャーム、だったな」
「そう言ってたね」
「ねぇ、もうなにかお願いした?」
「えーっとね、ないしょ」
「なんでだよ」
「だって、この石をくれた時、オルトが言ったじゃない?このチャームにした願い事は、誰にも
話しちゃいけないんだって。話したら、叶わなくなっちゃうって」
「そ・・・ういえば、そうだったような」
「とぼけて・・・もう」
忘れたふりをしていたことを、見透かされていたか。
できれば彼女の夢を訊いてみたかったけど、昔とは違って、さすがに引っかからなかった。残念。
でも、この石に込めたいほどの願いがあると知って、少しだけ嬉しくて、やっぱり少しだけ寂しかった。
僕にも願い事のひとつやふたつはあるけど、まだこの石に願うほどのことじゃない。
いつの日にか、僕にもこの石に強く願いたくなるような、願い事を持つ日が来るのだろうか。
「オルトはどうなの?願いはもうかけた?」
今それについて考えていたばかりなので、少し焦ったものの、とくに顔色には出なかったようだ。
というか、それを訊くのは反則じゃなかったのか?
・・・まぁ、さっき僕も同じことをしようとしたけれど。
「いや、教えないから」
「ずるーい」
「いや、ずるくないから。というか、教えたら叶わなくなるって知ってるくせに」
「ちぇー、引っかからなかったよ、残念」
・・・コイツ、やっぱり僕と同じことを企んでいたのか。なんだかあんまり僕と変わらないみたいだ。
そう思うと、僕の少し前を歩くような、なんて考えていた自分のことが、少し笑えてきた。
しかし、それでも。
変わる時というものは、本当に、本当に突然に訪れる。
「実は・・・私ね、隣の大陸でどうしてもやってみたいことがあって、そこに移ろうと決めたの」
ほとんどなんの前触れもなく切り出したルミネの言葉が、僕の胸を射抜いた。
ルミネが、なんらかの夢を持っていることは知っていた。
けれど、それはどこか他所ではなく、これからもずっと同じ場所で、違う道を歩くだけだと思っていた。
そんな僕にとって、ルミネのその一言は、充分過ぎるほどのショックを与えるものだった。
今度こそ、僕の顔は見事に引きつっていたに違いない。
「・・・な、なんでさ。そのやりたいことって、ここじゃできないことなの?」
「うん。ここにいる私はきっと、周りに・・・オルトに甘え続けるだけになると思うから」
「そ、そんなの、別に甘えればいいじゃないか。誰だって独りじゃ生きられない、そうだろ?」
「でも、それじゃダメなの・・・それじゃ。本当にやりたいことを目指すなら、そう。一度独りきりに
なって、どこででもできることじゃなくて、そこじゃないと、私でないとできないことを選んでみたい」
「へ・・・へぇ。そう、大人になったんだもんな。そうやって全部、なにもかも昔って言葉にして、
置いていくつもりなんだ、僕のことも―――」
彼女の平手が飛んでくるその前に、酷いことを言った、と自分でもよく分かっていた。
それでも僕は、もう大事なことをなにひとつも伝えられないままの子どもではいたくなかった。
でもそれは僕の自己満足で、彼女の気持ちを察することより先に、自分の気持ちを一方的に押しつけて、
大事なことを一番伝えたかった相手・・・ルミネを傷つけただけだった。
結局、僕はただの‘子ども’のままだった。
「・・・人の気持ちも知らないで、知ったようなこと言わないで!長く一緒に居たからって、なんでも
知ってるみたいな顔しないでよ!!」
僕の頬を叩いた瞬間、今まで抑えていただろう感情が、ついに彼女の中で弾け飛んだらしい。
けれど、それから数秒も経たないうちに、自分がなにを口走ったのかに気づいたようだった。
彼女はハッと口を両手で押さえると、目に大粒の涙を浮かべて、僕に背を向けてしまった。
互いに悪気はなかった、ただ、互いにきっと取り返しのつかない言葉だと思った。
それでも。
なにか言わなきゃ・・・なにか!
「・・・ただ長く一緒に居たわけじゃないのに・・・変だね。伝えたいことちゃんと伝えられる
くらいには、大人になれたと思っていたけど、どうしてこんなことしか言えないんだろう・・・
本当にごめん」
「こっちこそ、酷いこと言って、叩いちゃってごめん・・・痛い、よね?」
「いいんだ、悪いのは僕だから・・・大人になったらさ、自分の気持ちを正しく伝えられると
思ってたけど、なんだか昔のほうが素直にそう出来てたのかな、って」
「・・・そう、だね・・・そうかも」
その後、少しの間だけどちらからともなく、沈黙の間を置いた。
そうすることで、投げつけ合った言葉の傷がほんの少し癒えることを知っていたから。
これも、大人になる、ということだったのだろうか。
でもきっと、それだけじゃなくて、まだ僕たちには分からないなにかが、たくさんあると信じたい。
「ルミネがその石に願ったことがなんなのかは、教えてくれないんだよね・・・?」
「うん・・・石の言い伝えを守りたいって気持ちもあるけど、なんだかほら、口にしたら違うものに
なっちゃいそうなことって、ない?なんかね、今、そんな気持ち。自分の胸の奥にあることは、
まだ誰にも知られたくない。願いがちゃんと叶ってここに戻って来られるまで、ね」
「そうか、うん。分かる、かもしれない、な」
本当は、一つも分からなかったし、分かりたくもなかった。
なんだよ!って叫びたくなったり、頭を抱えてうずくまりたくなったり、
もうどうしていいのか分からなくて、頭が真っ白になっていた。
でも、それは僕の感情で、彼女には関係ない。
それに、彼女の夢を邪魔する権利だって、僕にはない。
いいか、よく考えるんだ。
小さな頃からいつでも一緒で、臆病で泣き虫だった、あの幼馴染みが、勇気を振り絞って、
どこか知らない場所で、新しいことを始めようとしているんだ。
だったら・・・応援できない理由がどこにあるっていうんだ!?
けれど、僕が強くそう思い込もうとすればするほど、その態度がぎこちなさを生んでしまい、
結局、僕たちはそのまま別れの日を迎えてしまった。
作品紹介
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