同期の桜-75年前の青春
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作品情報
| ジャンル | その他 |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
老人ホームに行って歌わせて頂く時に、ここ数年は、軍歌も1~2曲歌うようにしています。75年前の青春の歌だから。
訪問した時の皆さんの顔ぶれにも寄りますが、軍歌の中でも同期の桜は盛り上がります。
男同士の熱い友情、生死を共にする仲間との絆、青春の証でしょうか。
ラグビーや野球、バレーボール、サッカー、スポ根ドラマの主題歌のようでもあります。
もっとも多感な青春時代が、戦争のまっただ中だっただけなんですよね。
軍歌と言われる歌の中にも、すばらしい歌はたくさんあるなと感じます。
日露戦争の最中に作られた戦友は、陸軍では歌うことが禁止されていたそうだが、それでも兵隊達に愛されていた。
密かに歌い継がれていた。お国のために死ねという歌ばかりではない。
朝ドラの主人公、古関 裕而さんもその時代の人として、「露営の歌」など多くの軍歌を作曲してきた。
歌:伊藤久男. 作詞:野村 俊夫. 作曲:古関 裕而の、「暁に祈る」という歌は、
朝ドラに出てくる福島出身の3人でレコードが発表された。
「あーあ、あの顔で、あの声で、手柄立てよと妻や子が」
ほほえましいというか、思わず笑っちゃう出だしだ。
古関 裕而が関係した歌ではないが、愛馬進軍歌という歌も、兵士と馬の友情を描いていて、素敵な歌だ。
馬だけでなく、多くの犬も、お国のために供出を強制された。
挙国一致体制で、有無を言わせず戦争に邁進した時代、
サトウハチロ-は「めんこい仔馬」という軍歌?を書いているが、「リンゴの歌」を書いて軍の検閲でひどく叱られた。
戦後、この歌が人々の心を癒すが、戦時中は非国民の軟弱な歌というレッテルを貼られ、お蔵入りしていた。
またサトウハチロ-の兄が満州に出兵していたので、「モズが枯れ木で鳴いてる…」という歌詞も所和10年に書いている。
これも、非戦、反戦の歌詞に読めるが、なぜか検閲を通っている。昭和13年に東京の小学校教師だった徳富繁が作曲
教え子達に楽譜を配り、戦後、疎開先の茨城を中心に全国に広まり、歌声喫茶などでよく歌われたそうだ。
脱線してきたが、戦時歌謡であっても、良い歌は発掘して、ぼちぼち歌っていきたいと思う。
軍歌だからというだけで毛嫌いして、拒絶する人もいるが、よいものはよい。
レッテルを貼って、認めないのは違うと思う。
録音は去年の春、老人ホームで歌った時のもの
戦後、
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