戦友
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作品情報
| ジャンル | その他 |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
1905年(明治38年)日露戦争の時に、真下飛泉さんが戦争体験者の人の話を聞いて、長い叙情詩を書いた。
その中の一編が「戦友」として当時の小学生の教科書に載り、それを見た京都の女学生の間で歌われるようになり、全国へ広まっていったそうだ。
日中戦争から太平洋戦争にかけて、陸軍は兵士に歌うことを禁じたが、広く日本人の間に広まっている。
これから玉砕覚悟の最後の突撃・・・という前夜に、下士官が士官に歌う許可を求め、その時は上官も黙って認めた・・・という話もあるそうだ。
歌詞を見ても、戦意高揚の歌には見えない。
戦場で生死を共にした中前のレクイエムだ。
厭戦歌、反戦歌とも見える。
ラバウル小唄でも、麦と兵隊でも、愛馬行進曲やサトウ・ハチロ-が書いためんこい仔馬も
国のために勇ましく死んでこいと、必ずしも歌っていないと思う。
国全体から戦争遂行の歌を求められる中で、作詞する人、曲をつける人、
皆どういう思いだったのだろう。本心で戦争をしたいと思っていた人は少なかったんじゃないだろうか。
老人ホームで歌う軍歌をあれこれ掘り起こしながら、そんなことを考えています。
日本の軍歌と言われるものに、非戦的一面を持った歌が意外と多くある。
何か考えさせられるなあ。
主に老人ホームなどで歌っています。
今回の録音は2019年4月の、京丹波町下山での山菜祭りの時に歌っていたものです。
島津亜矢さんの歌う戦友は、心にしみます。
青田 幹コメント(0)
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