怒声混じりの奴らの声は、まだずいぶん遠くのほうから聞こえているが、飛行機が
飛び立つためには、それなりの距離を走り、それから徐々に浮き上がらなければならない。
これは――今すぐにでも、機体を走らせなければ、確実に間に合わない。
「アウラ!今から飛行機を動かす、ものすごく揺れると思うけど、しっかり掴まっていて!!」
「……うん!」
「よし、それじゃ、行くぞ!!」
機体を滑走路のほうへと旋回させ、エンジンの出力を上げながら機体を動かしていく。
そうしてどうにか滑走路を走らせていたのだが、不意に、機体にがつんっ、という衝撃を感じた。
何事かと慌てて窓の外を見ると、なんと、一台の大きな車が並走しているではないか。
あの馬鹿共めが……、当主はもういない、頭の男もいない、それなのに一体これ以上なにを
どうしようというんだ。
……混乱して自棄でも起こしたというのか、まったく面倒なことをしてくれる!!
大きな車体が小型飛行機にぶつけられる度に、機体が激しく揺さぶられ、大きくバランスを崩す。
酷い衝撃に揺さぶられる度に、アウラの顔がみるみる青ざめていく。
荒事専用の頑丈な車…………、いや、あれはむしろ戦車の類と言っていいかもしれない。
僕達が乗っている機体が少しずつ損傷していくのに対して、向こうはそのまま原形を保っている。
このままぶつけられ続けて翼や燃料タンクがやられたら終わりだ。
しかし、飛び立つには走行距離がまだ足りない。
無理に飛び立とうものなら……この古い機体だ、どうなるか想像もつかない。
空中分解もあり得なくはないのだ。
「アウラ、大丈夫か!?」
「……あ、うう」
何度も車をぶつけられる衝撃に怯えるアウラを、僕はなんとか励まそうとした。
そんなことをしても、なに一つ安心できる状態ではないのは百も承知だが、アウラに少しでも
落ち着いてほしいと、声をかけ続ける。
そうすることで僕も冷静さを取り戻してきた。
とにかく、このまま一刻も早く離陸できるようにしなくては。
並走していた車が気になり窓の外を見ると、いつのまにかその姿は見えなくなっていた。
あきらめてくれたのなら、なによりなのだが……と、走行距離を確かめようと正面を見たとき――。
例の車が機体の正面に回りこみ、激しい土煙りを上げながら、こちらに向かっているのが見えた。
馬鹿な、いつの間に!?まさか――、まさか真正面からぶつける気なのか!?
そうなれば、これまでのような規模の損傷ではすまない。この機体は確実に大破する……!!
早く、飛べ!飛んでくれ!!!
飛び立つにはまだ早いタイミングだが、もはや、悠長にそんなことは言っていられない。
ぶつけられる前になんとか回避して空に逃げ出さなければ、僕達には未来どころか、
数分後すらない。
僕は思い切って、上空へと舞い上がるべく操作を早めた。
そうしている間にも、車はものすごい速さで、僕達が乗るこの機体へとどんどん近づいている。
――あぁ、早く、浮かんでくれ!!
操縦桿を握る手が、汗でべとべとになっているのを感じる。
一瞬、隣の席に視線を移し、アウラを見る。ギュッと固く目をつむり、カタカタと震えながら、
今この時を黙って耐えている。
くそぉぉ…………絶対、絶対に死なせるものか!!
『行っけぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!』
大きく目を見開き、声が枯れるほど叫びながら、操縦桿を思いきり引いた。
瞬間、ぐんっ、という圧力とともに、機体が宙に浮かびあがる。確かな離陸の手ごたえを感じた。
一方、車は暴走したまま、砂に車輪を取られて大きく横転し、そのままの勢いで小さな岩山に
ぶつかると、派手な炎と煙を立ち昇らせはじめ、やがて大爆発した。
奴らの作戦は、激しく燃え続ける車の火柱を目印に大失敗に終わり、僕達は空へと舞い上がった。
まるで現実味のない光景にしばらく呆然とするが、徐々に現実なのだという実感が沸いてくる。
「…………あ……ああぁ……!!や、やったよ、アウラ!飛べた、飛んだんだ!!」
「……」
「ア……アウラ……?だ、大丈夫かい?」
「……あ、の。こわ……くて、は、はな、せ――」
「ごめん。無理して話さなくていいよ。今はまだ機体のバランスが悪いけど、もうじき
安定するから、それまでもう少しの間、我慢できるかい?」
「……」
アウラはそれ以上話せなかったらしく、無言でコクコクと首を縦に振るので精いっぱいだった。
無理もない――。
飛び立つのがほんの少しでも遅れていたら、そして、車が機体に突っ込んでくるタイミングが
ほんの一瞬でも早ければ、衝突は避けられず、飛行機ごと壊されて僕達は終わりだったのだから。
僕も怖かった。こんなめちゃくちゃな離陸は体験したことがなかったし、ましてやこの機体だ。
生きた心地のしない数分間の緊張が抜けきれないまま、僕は機体のバランスを保とうと未だ
あがいていた。
この機体は、いつもの貨物用と違って、やや安定感に欠けるようだったが、それでもコイツが
あの瞬間に飛んでくれたおかげで、僕達は今、こうして生きていられる。
今も飛べていることすら、すでに奇跡だと言える。
――まだ息をしていられること、目眩がするくらい早鐘を打つ鼓動。
今までに感じたことがないくらいの不安と、寂しさと、そして、喜び。
意味の分からないこのグチャグチャな気持ちが、なんだか無性に心地良かった。
これが、自由……なのだろうか。
これが……、僕の憧れていた本当の空、なのか。
「アウラ、そろそろ飛行状態も落ち着いてきたけど……大丈夫か」
「う、うん。ロキ、もう、平気……?」
「あぁ、ここはもう僕達の世界だ。奴らの手は届かない。屋敷の機体で追いかけようとしても、
例の特殊装置で機体が爆発するから、ここまで追って来られない。それに、あのゴロツキ連中に
飛行機を貸すようなお人よしもいないだろうしね」
「……そう、よかった」
アウラは心底ホッとしたように大きなため息をつくと、少し落ち着きを取り戻したようだった。
「私……」
「ん?」
「……飛行機、はじめてだったから」
「そうか……。怖い目に遭わせて悪かったね」
「ううん、ロキのせいじゃない。一生懸命、頑張ってくれたよ」
「ありがとう……そう言ってくれると、ね」
「かっこ、よかった」
「あ、え、えと……コイツもがんばってくれたから、その……そ、そうだ。ねぇ、アウラ。
もし良かったら……なんだけどさ」
「?」
「歌を、うたってくれないか」
「歌?」
「うん。今すごく聴きたいんだ、君の歌」
「……いいよ。もう、怖くないから。なにを歌う?」
「それは……うん。今、君がうたいたいって思う歌、それがいいな、僕はそれが聴きたい」
「うん……じゃあ、歌うね」
そう言うと、僕の知らない、けれども、明るくて美しい旋律が、機体中に響きはじめた。
以前聴いた歌はとても哀しげな旋律だったが、今、彼女が口ずさんでいる旋律は、それとは違う。
誰かに強いられてではなく、彼女が自分の意思で、自分と僕のためだけにうたっている、
とても、あたたかな歌だった。
今、僕の隣にはアウラがいる。歌をうたっている。
その名を呼べば、応えてくれる。微笑み返してくれる。
その一つ一つが、未だに夢のようにも思えるが、夢ではない。
これは、僕達を想ってくれる、いくつもの優しい手に支えられ、
僕達が自分で選んで、戦って、勝ち取ったかけがえのない現実なのだ。
だから……僕は、これからなにがあっても、その笑顔を、歌を……君を守っていこうと思う。
君が教えてくれたぬくもりが、僕がこの手で何度も振り払った君のぬくもりが、
今の僕をこんなにも強く、変えてくれたのだから。
そして、僕達を想ってくれた人達の、その想いをきっと忘れない。
誰かが誰かを必要とし、必要とされる、孤独だけではない世界を教えてくれたから。
一瞬先がどうなるのかなんて、分からない。
けれど、世界中の誰もが同じような想いを抱えているのだとしたら。
だったら、怖れるよりも、きっと大丈夫だと、そう……信じてみよう。
いつなにが起きても、これでよかったと笑えるように。
次の瞬間を、信じよう――。
今にも崩れてきそうな建物が立ち並ぶ、荒れ果てた下層の世界。
この場所から見上げる空はいつでも少し歪な形だったが、空の色だけは他の場所から
見上げた時と同じく、ただ青く、美しかった。
その空に、いつも見かける機体よりも少し小さな飛行機が舞い上がっていくのを、
一人の老人が、深いしわが刻まれたその顔に穏やかな表情を湛えながら、静かに眺めていた。
小さな機体は、手でも振るかのように少しの間、宙を舞うと、
雲の切れ間に一筋の白い線を描きながら。
――やがて、空と海のつながる場所へと消えていった。
-END-
作品紹介
≪名前の由来≫
【ロキ】・・・北欧神話より。この話に限っては「空を旅する者」の意味で。
【アウラ】・・・ギリシャ神話より「そよ風の女神」
飛行機の描写については色々と調べたのですが、複雑すぎて理解できず
雑過ぎる内容になってしまいましたが、大目に見てやってください。
『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー
製作:2012年
佐々木 聡太郎コメント(0)
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