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ひとつ

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作品情報

ジャンル フォーク
参加形態 単独
公開

作品紹介

ネットの中を散歩していたときに、どこかのサイトに書いてあった内容を、記憶を元に転記します。
後から探したんですが、何のサイトだったか・・・、そのあと見つからなかったので。

その時、長渕剛さんは実家のある鹿児島に避難していたそうです。
テレビで繰り返し放送される津波の映像。流される車、家、船、そして人‥
刻々と深刻さを増す福島原発の状況

そんな中で懸命に救助活動をする自衛隊員たち
全国から続々と集まった人々の奮闘。懸命に原爆事故に立ち向かう人々

その映像を見ながら、長渕さんは「おれはいったい、何をしているんだ」
そう思ったそうです。

そして彼は福島に向かった。ギターを持って。
奮闘する自衛隊員を鼓舞するように歌った。
避難所で疲れ切った人たちを前に、励ますように歌った。

*****************************

あれから1年が過ぎました。
  「一瞬にして多くの命が失われた。多くの人が帰る家を亡くした。」
  「死んでなお、帰る場所のない人が多くいる。」

この歌は紅白でも歌われたそうです。
他に見るモノもなかったので、昨年の紅白は見たのですが、この歌は記憶にありません。
この歌の時間帯に、風呂にでも入ったのかもしれません。

ネットではこの歌のこととか、紅白のこととか、長渕剛さんのことを批判する書き込みを多く見ました。

売名行為だとか、CDを売るための打算だとか・・・

本当のところは知りませんが、
放射能汚染の危険を顧みず、被災地を訪れ、自衛隊や住民の皆さんの前で歌い、励ましたことは事実です。
多くの人が、彼の歌に、彼の励ましに、勇気をもらったことは事実です。

youtubeを見ると、
そんな被災者だった人だと思える人の書き込みも見受けられました。

打算ではなく、
長渕剛さんが、歌手として、
地震や原発事故という大災害を、
正面から受け止め、彼の方法で立ち向かったことは事実だと思いました。

名も無き多くの勇気ある人達とともに、
彼もまた勇気ある人達の一人だと思います。

一年以上経った今も、大災害の後遺症に苦しむ皆さんが沢山おられます。
日本人として、このことを忘れずに、共に歩んでいきたいと思います。

4月30日、風なのか花粉症なのか、鼻水を垂らしながら歌いました。
丹波下山の京都でてこいランド 脱衣場をスタジオ代わりにしました。

青田 幹

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