よういちくんのうた
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作品情報
| ジャンル | フォーク |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
高校生の頃から子供達をキャンプに連れて行ったり、夏休みになると仲間と人形劇を作り、歌やゲームと一緒に地蔵本の時期に一週間ほど各町内を巡業したり、そんな活動をする中で、ハンディのある人たちへの関心も生まれ、バスのつり広告をたまたま見つけ、勉強のつもりで重いハンディの人たちとの交流をするボランティアサークルに入りました。
サークルに入って最初に訪問したお家は、よういち君の所でした。
小学生だった彼は、おむつをして横たわり、僕たちの訪問を喜んでくれました。
野球が大好きだけど、手足が自由に動かないので、養護学校では代走専門(車イス)。
僕たちは近くの公園に行き、プラスチックのバットをよういち君に持って貰って、介助しながら野球をしました。
家に帰ると、お母さんがいろんなお話しをしてくれました。
お父さんは週末、テレビを見ながら競馬の予想をするのだけれど、「よういち」という騎手にかけては、お父さんが「またよういちが勝った!」というと、よういちくんもうれしそうに笑うのだそうです。
お母さんが、「オリンピックの年によういちが生まれたので、オリンピックは嫌いなんです」と…呟いたとき、僕にはそばで聞いていたよういち君が、ちょっぴり悲しそうな顔をしたように見えました。
よういち君は食事をうまく飲み込めないので、一回の食事に2時間かかった。
お母さんが口でかみ砕いたご飯をスプーンであげていた。食べ物が肺に入ってしまわないようにこまめに吸引しながらの食事だった。
ある年の作業所での外出行事の時に、昼食を喉を詰まらせる事故で、よういちくんは28才で亡くなりました。
2009/06/21喫茶SUGI 第二回ミニコンサート「伝えたい想い」から
会場の後ろで、テープレコーダーで録音しました。
ノイズが気になります。
別の音源をマイサウンドにも公開していました。
青田 幹コメント(5)
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