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それから数年経った頃。
私は、とある会社に勤めている。
べつに、夢をあきらめたわけじゃない。
そういう年齢になったから、というそれだけでもない。
ただ、あの頃の自分の考え方が、ひどく子どもじみていたことに気がついて、
“普通”を生きていくことから始めてみようと思ったら、自然とそうなっていた。
あの頃、父が言っていたこと、私がほとんど理解できなかったあの言葉たちの意味が、
ようやく少しずつだけど、最近、分かりはじめている気がする。
あの時、父も母も、応援してくれていたと思う。多分、間違いなく。
ただ、父はやり方を考えるべきだと忠告してくれていただけ。
でも、私はそのことに気づけなかった。
あの頃は一人で生きるなんて、学校で孤立していた時からそうだったから特別だと
思わなかったし、それに、誰でも“普通”に生きているように見えて、自分もそのうち
自然とそうできると思っていた。
でも、これまで経験したことのない生活をはじめてみると、なにげなく通り過ぎていた
はずの毎日や、普通っていうものを続けていく難しさが、どんなに特別なことだったかが、
少しずつ分かってきた。
ひとり歩きを始めてからは、当然甘えられる相手もいないから、なんでも自分で
こなしていく毎日が続いていくわけで、そんな日々は想像以上に私を疲れさせていった。
朝、目が覚めたら、決まった時間に決まったことをして。
もしもうっかり寝過ごしてしまったら、朝食だってない。それは私が今、ひとりだから。
そして、いつもの道を歩いて、たまに猛ダッシュして、なんとか電車に飛び乗って、
職場に着いて。
やがて一日が過ぎて、タダイマ。その繰り返し。
家は真っ暗だし、誰もいないから返事もなし。あっても困るけどね。
疲れ切って帰れば、唯一ホッとできる部屋も、ただ眠るだけの場所になったりもした。
そんな毎日を暮らすことで精いっぱいな私は、やっぱり夢を追いかける暇はなかったけど、
あきらめないから、今をがんばれているのかもしれないとも思う。
きちんと生きるために色んな事をがんばることが、夢を追うことにつながっていると
信じて。
それに、おかげで、またひとつ気づけたことがある。
今までどれぐらい、誰かに寄りかかって、そのあたたかさに甘えていたかってこと。
叱ってくれたり、見守っていてくれたりした、大切な人たちがいた。
親や、友達のこと、そんなことをふと、思ってみたりもした。
でも、そんな時に胸をいっぱいにするのは、切なさじゃなくて、懐かしさだった。
そんな場所があったこと、そして、今もそんな場所があってくれることが、
なんだかうれしい。
やがて、仕事もわりと慣れてきた頃、私はまた夢に向かって踏み出すようになった。
チャンスさえあれば、すかさずそこに滑りこむようにもした。
はっきり言えば、成果はほとんどない。もちろんそのことを、焦ってないはずもない。
でも、昔とは違ってちょっとはマシな焦り方も覚えたような気がする。
目の前のことがなにも見えなくなるほど焦る時は、きっともう来ないだろうと思う。
それに、少しだけど仲間もできた。
その人たちも、当たり前だけど、私と完全に同じほうを向いているわけじゃない。
私もそうであるように、その人たちにも、それぞれに目指す場所と、思惑があるから。
それでも、独りじゃないと思えることが、うれしかった。
今まで何度となく落ちたり転んだり、まともに報われた試しがないのも現実だったし、
もう辞めてしまいたいと自棄になったことも、正直言えば、数え切れないくらいだけど。
投げたような気持ちになって、自分の殻に閉じこもりたくなった日もあるし、
楽しむことを忘れて、ため息で、大切な時間を曇らせてしまう日もあるけど―――。
また何度転んでも、きっとそのたびに、今の私は立ち上がれるし、そうしてしまうと思う。
それは、あの日の“あのひと”の声が、今もまだ私の中で、ちゃんと息をしているから。
たとえば。
誰かが昔、花屋さんになりたかったように。
誰かが昔、宇宙飛行士になりたかったように。
誰かが昔、お菓子屋さんになりたかったように。
私は、昔から今へ、そしてこの先もずっと歌を唄っていけるように。
“あのひと”の歌声が、私の足下を照らしてくれた時に感じた、
あのやさしさと心強さを、いつか私も、誰かに手渡してみたい。
世界は本当に冷たくて、イジワルだ。
・・・それでも、時々、なにかの気まぐれで、
世界は少しあたたかくて、やさしい。
そんな日があることを、誰かにそっと伝えられたらいいと思う。
きっと、ほとんどの人が目指さない場所。
そんな場所を夢見て、たどりつけるのかも分からないまま、私は今日を生きていく。
私が、私でいる、そのために。
胸の音が強く、つよく、響くその方へと―――。
そこに行くんだって思ったのは、誰かのせい?
そうじゃない、誰のせいでもないんだ。
“あのひと”の存在があるからだけじゃないの?
きっかけは、確かにそうだったけどね。
でも最後に決めたのは誰でもない、私なんだ。
だってそれが、私の望んだ未来だから。
作品紹介
昔、同人音楽サークルで作った「Yell!」という曲に書いたものです。
単にアーカイブです。
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