長崎の鐘~藤山一郎~カバー
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作品情報
| ジャンル | ポップス |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
先日6日の広島に続いて長崎に原爆が投下されたのは、今日8月9日でした。
美空ひばりの「一本の鉛筆」に続き、藤山一郎に挑戦しました。
「長崎の鐘」は、長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授だった永井隆が原爆爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭動脈切断の重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる様を記録した随筆です。
被爆時に大学をはじめとする長崎の都市が完全に破壊された様子、火傷を負いながら死んでゆく同僚や市民たちの様子を克明に描いていて、永井は、この時妻を亡くし、また救護の際には、頭部の重症と疲労から自らも危篤状態におちいるが、同僚医師や看護婦たちの努力により一命を取り留めました。
「長崎の鐘」とは原子爆弾の投下により吹き飛ばされてしまったカトリック浦上教会(旧浦上天主堂)の「アンジェラスの鐘」のことで、2つの鐘のうち1つは奇跡的に地中から掘り出されたそうです。
1949年(昭和24年)7月にサトウハチロー作詞・古関裕而作曲で同書をモチーフとした歌謡曲が発売されて大ヒットしました。
翌年1950年に松竹により映画化され映画『長崎の鐘』は、戦後、日本人によって原爆を取り扱った劇映画第1号といわれていて、GHQによる検閲のため、原爆および被爆状況などについて真正面から取り上げることが出来ず、永井隆博士の生涯を描いた作品という形で製作された。
当時学校で推奨したのか、この映画を見た「記憶のカケラ」を微かに覚えています。
サトウハチローの詞には、原爆を直接描写した部分は全くないのは、やはり米軍の検閲をはばかったかららしいです。
単に長崎だけではなく、戦災を受けた全ての受難者に対する鎮魂歌でもあり、打ちひしがれた人々のために再起を願った詞ともいわれました。
歌詞は
https://www.uta-net.com/song/13839/
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