「失踪する貯金箱」『A=432Hz』
- 146回再生
作品情報
| ジャンル | フォーク |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
まずはご興味のお有りの方々〜♪はこちらをご覧ください^^
木星がおひつじ座に入りました↓
https://www.youtube.com/watch?v=tqaspoYAwPU
2022年令和4年5月11日(水)友引
こんばんはあ^^
いやあ。今日も週間天気予報に逆らって?
こちらは終始良い天気で・・・
暗くなってから残っていた雲もなくなり
お月様〜♪もクッキリと見えておりました。^^
思い返せば、僕にとって。
通うだけで毎日が楽しかった中学時代
(支離滅裂な遊びが下駄箱限定で流行ったり、
とにかくその当時はクラスの中でイジメとか差別とかも
全くなく結構。理想的な中一時代でした^^)
ただ、やはり高校受験というある意味
イニシエーションが近づくにつれて
だんだんと人々の間が何かこう
ぎこちなくなって来たのを
止める事ができなかったのは
結構。寂しいものがありました。
皆様〜♪は所謂、義務教育時代で(に絞りますね)
何年生ごろが?一番楽しく思い出に残っていますか?
当時は偏差値だとか内申書(今でもあるのかなあ^^;)の
セットで受験できる高校が決まっていて
(あ。これ都立高校志望の場合ですが)
で・・・ワタシは中三の担任の方をはじめ
先生方にはとてつもなく嫌われていて
(別に僕は何とも感じなかったのですが)
よく。気に入らないと言われては
黒板の前に呼び出されて授業中でも^^;
ビンタされることが多かったようです。
所謂、ツッパリ(現代ではヤンキー?当時ヤンキーと言えば
確かファッションのひとつだったような気もします)
というか所謂不良(剃り込みとかボンタンとか長ランとかetc)
を誇示されていた方々からも「なんで?だ」と・・・
僕自身も外見を問わず誰とも仲が良かったと思うのですが
「お前ほんと可哀想だな」とか
言われる始末で。
ほんと。先生の虫の居所が悪いと
何かといちゃもんをつけられて
殴られてました(微笑^^)/
今ではそんな事あったら大問題になりそうな・・・
当時の体罰は別に大したことはないのですが
(この感覚がダメだったんだろうなあ^^;)
いやあ、中学に入ってなくなりましたが
「給食を完食するまで帰さない」は
一番きつかったです(苦笑^^;)
これはある意味、酷すぎる拷問の一種だと。
で。話戻します。
その中三の担任の歴史の女教師
(思い出したくもないのですが・・・トホホなんです^^;
やはり・・・当時の影響で女性恐怖症がこれでもかと・・・
やはりこのトラウマを解消するにはまだ時間がかかりそうです^^;)
にしてみると。
僕が何でそんなに憎らしいのか?
わかりませんでしたし今でもわかりません^^;
結果としてお受験前の内申書は散々な書かれようで
揃って担当教科の先生方も右に倣えで
テストで仮に1番を取っても通知表は「3」せいぜい「4」
理由は素行が悪いとの事。
しかし・・・なぜか?模試とかの偏差値が
「72〜3」?ぐらいあったようなので
多分、尚更。嫌で堪らない様子だったのかな?
と・・・わかりませんが?
平和な昭和の学校の一コマ(微笑^^)/
に僕の「マイナス武勇伝〜♪」かも(苦笑^^;)
話は飛んでしまいましたが。
それで、実は当時行きたい都立高校はあったのですが
内申書が悪すぎて・・・
でも、頭来たので。。。
多分。
入試本番では300点満点(英国数)で
最低でも290点以上は(国語の作文系がわからないので)
後から答え合わせをしたら取れたと思います。
んなもんで・・・志望校に入れず
(まあ。どうでも良かったんですが
親が可哀想だったので^^;)
これから、どうしたもんかなあと思っていた頃に
その高校は不思議と音楽も盛んというか
かなりうまい先輩たちもたくさんいらして
「やっぱりこの高校で良かったんだなあ」と
今。振り返れば。
小中学校の担任の先生方に嫌われていなかったなら
この高校での色々な音楽的ART的な出会いが
なかったんだなあとしみじみと懐古しながら
音源を聴きながらいじっておりました。
「いまだ人生を語るな」と吉田拓郎〜♪先輩には
「脳天逆落とし」でも掛けられそうですが
ほんと。。。大切なことほど
受身〜♪で「よ===く」感性と直感〜♪だけを
頼りに苦のない方へ流されて行った方が
僕の場合だけ?かもしれませんが・・・
予定調和的な多分生まれる前に決めてきたであろう
人生の進路〜♪を寄り道をせずに
歩いて来れたのかもしれないなあと
思う昨今でもありんす(微笑^^)/
テレビはほとんど見ないとは言え。
寂しい残念な情報は耳に入りました。
また。それだけで違うことを書き残す時節も
訪れると思うので。。。
ただ。残念で寂しいです。
喜劇とかコメディアン〜♪の方々〜♪って
ほんと。すごくて僕なんか頭が上がりません。
尊敬する「モンティパイソン〜♪」の面々〜♪も
リーダー〜♪が帰還〜♪された後の集まりで^^;
遺灰を掃除機で他のメンバーの方々〜♪が吸い込んでいた
という手荒い送り方をされていらっしゃいましたが
(ちょっと日本という風土では苦情の嵐になりそう)
「どうぞ、どうぞ・・・」の遺構(^^;)ではありませんが
あのギャグに素直に笑えて涙してしまう時があったのは・・・
彼らが当時から今一番日本人の心に必要な事だと
気付かれていらしたのか?
魂〜♪からの「願い」でもあり「思いやり」だったのかなあと。。。
ちょっと。また涙腺が緩んでしまいます。
こんな時は後輩の皆さんはどうやって送るのが
正解なのか?悩むでしょうが。
喜劇〜♪の奥深さ。。。
少なくとも自身の人生が終了する前に
もっと!顔で笑って心で感動したいです(微笑^^)/
今回の曲は、高一の頃のその彼が
はじめてくれた歌詞をちょっと曲に合うように
アレンジした曲です。
心だけ昭和に帰って懐かしんで
楽しんで走馬灯のように
原風景が浮かんで来られたらしめたものです。
それでは。
今回も最後までお読みくださり
どうもありがとうございました。
雑な演奏ではありますが
随所にスパイスを塗りたくっておりますので
気が付かれる方々〜♪はお楽しみください^^
追伸:
このサイトにお越しの方々〜♪はもう
何度も同じ事をアナウンスしておりますが
「コント55号」の坂上二郎〜♪さんが
ご逝去された次の日に
一体?「何が?」起こったのか?を
もう1度振り返ってみてください。
でも。逆に考えれば・・・
それほど。喜劇〜♪とは
人々の心に光〜♪と真実〜♪と愛〜♪を灯す
役割をしていたんだなあと妄想〜♪しております。
ここで「4イン」について詮索するのは
今は辞めておきましょう。
くれぐれも。。。
コメント(0)
コメントを読むには、ログインが必要です。