山頭火
- 23回再生
作品情報
| ジャンル | Jポップ |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
種田 山頭火(1882-1940)~日本大百科全書より引用
俳人。山口県防府(ほうふ)町(現防府市)に生まれる。本名正一(しょういち)。幼時の母の自殺が山頭火の生涯に大きな衝撃を与えた。1902年(明治35)早稲田(わせだ)大学文科に入学したが、神経衰弱で退学して帰郷。父と酒造業を営むが失敗し、家は破産。山頭火は熊本市で額縁店を開くが、家業に身が入らず妻子と別れ上京。しかし、定職を得ず、熊本に帰る。酒におぼれ生活が乱れた。1924年(大正13)市内の報恩寺で出家。法名耕畝(こうほ)。市北部の植木町味取(うえきまちみとり)の味取観音の堂守となった。1926年、行乞(ぎょうこつ)の旅を始め、山口県小郡(おごおり)(現山口市)の其中庵(ごちゅうあん)に住したが、行乞漂泊すること多く、諸国を巡り、1940年(昭和15)松山市の一草庵(いっそうあん)で没した。句は1913年から『層雲』に投句。漂泊中の作に特色がある。句集『草木塔』(1940)がある
【歌詞に引用した句】
どうしようもない私が歩いている
分け入っても 分け入っても 青い山
うしろ姿の しぐれてゆくか
蝉しぐれ 死に場所さがすか つくつくぼうし
突然の夕立に 地蔵と ずぶ濡れる
また見ることもない 山が遠ざかる
「食べるものがなくなったよ」と 耳元でコオロギ
近藤 くみ子コメント(6)
コメントを読むには、ログインが必要です。