川の流れのように<美空ひばりCOVER> PIANO STRINGS MIX
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作品情報
| ジャンル | 演歌 |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
☆ GW 「お家でカバー 特集 第3夜です」 (。・ω・。)ノ♡ (。・ω・。)ノ♡
過去2作品「ひとり上手」「未来予想図Ⅱ」は4月に録音して、満を持して公開しましたが、今回は、コメントに「美空ひばり」さんの
声に似ているという、最大級に嬉しいコメントをいただき、昨日YAMAHAのMIDIをダウンロードしてオケを作りました。
ピアノソロのデータを編集して、ストリングスをMIXしました。
昼間は、終日仕事だったので、夜に録音しましたが、今日から休みに入り、テンションも上がり、いい録音が出来ました。
歌自体は、盛岡のライブでギター弾き語りをした経験があるので、メロディは沁みついております。
YOU TUBEで、ひばりさんのボーカルを聞いて、モノマネ芸人さんがよく歌うような、誇張はせずに、初期のひばりさんの美しいハイトーンボイスや、低音の魅力を意識して歌いました。
ピアノは、こんなにドラマチックに弾けないですが、MIDI スコアで勉強になったので、いつの日か、ライブで演奏してみたいです
では、お聞きくださいませ
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作詞は秋元康、作曲は見岳章による。オリジナルの編曲は竜崎孝路によって行われた。
元々、アルバム『川の流れのように〜不死鳥パートII』は「自分の歌から遠い若い世代の人たちにメッセージを残したい」というひばりの意向により製作されたため、作詞には当時、作詞家・放送作家として若者から人気を得ていた秋元が起用された。当初、「ハハハ」をシングルカットする意向だったスタッフに対して、ひばりは自分の人生と本楽曲を重ねて「1滴の雨が木の根を伝い、せせらぎが小川になる。水の流れがあっちにぶつかり、こっちに突き当たりしながらだんだん大きくなる。やがて大河になり、ゆっくりと海にたどり着く」と発言し、本楽曲のシングルカットを希望。「あちこちにぶつかり」を説明するひばりのジェスチャーもだんだん大きくなって、普段はスタッフの意見を尊重するひばりが「お願いだから、これだけは私に決めさせて!」と熱望したという[2]。
1988年10月11日に日本コロムビア本社内で行われた、オリジナルアルバム製作の報告も兼ねた、ひばりにとって生涯最後の記者会見の時にひばりは本楽曲について自ら発言している。この記者会見前には、当初はシングル化されるはずだったアルバム内の一曲「ハハハ」を秋元が立ち合いの下、公開初披露されていた。ある記者が「ひばりさん、今回のアルバムを楽しみにされているファンの方々が沢山いらっしゃるかと思いますけれども、アルバムに収録されてる10曲がどんな曲なのか、紹介していただけますか?」と投げかけた。するとひばりは「えー…もう『川の流れのように』の曲を1曲聴いていただくと、10曲全てが分かるんじゃないでしょうか。だからこれからの私。大海へスーッと流れる川であるか、どこかへそれちゃう川であるかっていうのは誰にも分からないのでね。だから『愛燦燦』とはまた違う意味のね、人生の歌じゃないかなって思いますね…」と、それまでのスタッフの意向を全て覆す回答を残した。ひばりの記者会見後、製作部はバタバタしながら1989年1月のリリース準備に入ったという。
1989年(平成元年)1月11日に日本コロムビアより発売されたが、同年6月24日、ひばりは52歳で死去し、結果的に本楽曲は遺作となった。没後にシングル盤は売上を伸ばし、150万枚を売り上げるミリオンセラー(オリコンによる集計では41.8万枚)となり[2]、1964年の「柔」に次ぐヒット曲となった。その後も売り上げを伸ばし、2019年時点では205万枚を売り上げ、「柔」を上回り自身最大売上のシングルとなっている[3]。
杉山 桃子コメント(8)
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