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『空のそらと、風のうた』~episode:15 -サイカイ・結-

「まずは俺が中の様子を確認する」

様々な想いにかられ、物思いに耽っていた僕は、つい浮ついた返事を返してしまった。
だが男はそれを咎めるでもなく、先に梯子を昇って隠し扉を開き、抜け目なく地下牢の中の
様子を確認していた。さすがだな……。
せめて僕も、すぐに地下牢に滑り込めるようにと、梯子を少しずつ昇りはじめる。

「よし……問題ない。出るぞ……掴まれ」

もう少しで地下牢に上がろうかというとき、男が僕に手を差し出した。
それを意外に思ったものの、なんとなく嬉しくなって掴み返すと、力強く引き上げてくれた。

「ようやくか……だいぶ待たせてしまったけど、大丈夫だろうか」
「それは、今すぐ自分の目で確かめろ。これが彼女が囚われている部屋の鍵だ。俺は念のため、
出入り口を見張っている。早く行ってやれ」

そう言って、銀色に鈍く光る鍵を一つ、僕の手に握らせた。

「あぁ……それじゃ、行ってくるよ」

受け取ったそれをぎゅっと握りしめると、アイツの体温なのだろう、わずかなぬくもりを感じた。
今、世界中のなによりもかけがえのない一本の鍵と、そのぬくもりに感謝して、僕はアウラの待つ
あの部屋へと向う。

「アウラ……アウラ。大丈夫か!?」
「ロキ……あぁ、ロキ」
「ごめんよ、だいぶ待たせて。心配かけた、よな。……でも、無事でいてくれて本当に良かった」
「ロキ、迷惑をかけて、ごめんね」
「迷惑だなんて思っていないよ、僕が戻るって約束したんだ。アウラはなにも気にしなくていい」
「約束、守ってくれて……ありがとう」
「もちろんだ。さぁ鍵を開けよう。窓越しじゃなくて、早く君の顔が見たいんだ」
「私も、あなたの顔が見たい。あなたに……触れたい」

扉の向こう側から穏やかな顔を向けるアウラに、僕も今できる限りの微笑みを返して、
この手に大切に握った、様々な想いのこもった鍵を、彼女を囚えて離さない部屋の鍵穴に
差しこんだ――。がちゃり。
長い時間を経て、ようやく、この部屋が降伏した時だった。

その瞬間、扉が勢いよく開き、アウラが飛び出してきたかと思うと、あっという間に僕の体に
しがみついて……そして、声をあげて泣いた。
僕はどうしようかと少し考えたが、細いその体をそっと両腕で包み込んだ。
おそらく想像もつかないほどの長い間じっと抑えて、殺してきた感情が今、素直な嗚咽となり。
……涙になった。

――なけない篭の鳥が、ようやく涙を流すことができたのだ。

そう思うと、思わず僕まで無性に嬉しくなって視界がにじんでくる。
人は嬉しい時にも涙を流せるんだな……こんな気持ちは、生まれて初めてだった。
僕達は何度目かの再会を、しかし、どの再会よりも特別なこの出会いを、ただ抱き合って喜んだ。

「ロキ……ロキ、ありがと、ありがとう」
「僕のほうこそ。無事でいて、生きていてくれて、ありがとう。嬉しいよ、すごく、嬉しい……」
「うん……うんっ!」

ふと、男と目があった。
男は黙って頷くと、初めて険しい表情を崩し、穏やかな笑みをその顔に浮かべていた。
涙を流しているのを見られるのは、正直言ってかなり照れ臭かったが、僕も顔を濡らしたまま
男に強く頷き返した。
「さぁ、アウラ。立てるかい……?」
「……ええ、ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。もうなにも抑え込まなくていいんだ。僕じゃ頼りないかもしれないけど、
アウラのこと、もっとちゃんと受けとめてみせるから。だから、ありのままでいてくれ」
「ロキ……」
「良かったな、ロキ」
「ありがとう……こうやってアウラを迎えに来られたのは、アンタのおかげだよ。なんだか、
もう、さ……さっきからずっと考えてるんだけど、うまい言葉が見つからないんだ」
「その気持ちだけで充分だ。アウラ」
「……は、はい」
「いまさら俺が言えた筋ではないが、今まで君を庇ってやれなかったこと、本当にすまないと
思っている。だが、今後はロキが君を守っていくだろう。この男は情けないところもあるが、
強く、優しい男だ」
「ちょ、ちょっと。いきなりなにを言い出すんだ」
「私も、そう思い、ます」
「アウラまで……」
「アウラ、君もロキの支えになってやってくれ」
「もう……、いい加減にしてくれよ」
「私なんかでいいなら、ロキの支えに――」
「私なんか……か。アウラ、そういう言い方、少しずつでいいからやめてみないか。君は人形
なんかじゃない。ちゃんと心を持った人間だ。君がそういられるように、僕なんかで良ければ
いくらでも力になるから」
「……ロキも、なんかって言ったよ」
「……あ!あは……あはは。きゅ、急には変われないもんな、ゆっくり変わっていこう、うん」
「私も……変われる?」
「変われるよ。君はもう、変わりはじめてる」
「……さて。邪魔をしてすまないが、再会の喜びは、ひとまずこれくらいにしてもらおう」
「いえ……そんな」
「あぁ、ここから出られたら、いくらでも喜べるんだ。頑張らなくちゃな!」
「そういうことだ。ロキ、アウラに肩を貸してやれ。彼女は弱っているからな」
「分かってる。さぁ、アウラ、僕に掴まって」
「ありがとう、肩、借りるね」
「お前もはやく女性一人おぶれるくらい立派になるのだな」
「おぶる……」
「いいんだ。この人、急に饒舌になっちゃって、変なこと言いだしてるだけだから気にしないで」
「?……うん」
「ふっ……では、降りるぞ」

暗い中、弱り切ってふらつく彼女をなんとか支えながら梯子を降りた。
でも……アイツの言葉はともかく、確かに彼女をおぶれるくらい、早く立派になりたいものだ。
男が地下牢の秘密の出入り口を偽装し、最後に降りてきた。
その後は、先頭を歩き、先の様子を探っている。本当に抜け目がない。
僕もこんなふうになれたら、アウラのことを、もっとしっかり守れるのだろうか。

「お前はお前、俺は俺だ。くだらんことを気にするな」
「な、なな、なんで、今考えてたことを……あっ!」
「ロキ、自分で言った……」
「あぁ、なぜもなにもない、口に出ていた」
「くぅぅ……恥ずかしすぎる」
「そんなこと、ない。嬉しかったよ」
「そ、そう……?」

その後、僕はずっと妙な汗をかきながら、長い通路を奥へと進むはめになってしまった。
アウラの表情はまだ硬いものの、なんだか嬉しそうな顔をしていた気がする。
でも、その様子を見る度、顔から火が出るほどの恥ずかしさに見舞われる、そんなことを何度か
繰り返していた。
そして――。

「この梯子を上に行けば、整備場のすぐ近くに出られる。もうじき、六つの鐘が鳴る頃だろう。
部下共には屋敷の大広間に待機するよう指示したから、しばらくは足止めできるはずだが、
俺が来ないことに気づけばおそらくすぐに騒ぎになるはずだ。そうなる前になんとか脱出しろ。
いいな、想定よりも時間は少ないと思え」
「分かった、肝に銘じておく。ここを出たら、できるだけ急いで出発できるようにするよ」
「そうか、それでいい……では、この辺で別れることにしよう」
「え、え!?ちょっと待ってくれ、突然どうしたんだよ、アンタはどうするつもりなんだ!?」
「お前は自分の心配だけしていろ。いや、お前には守るべき人がいる、なおのこと余計なことに
意識を向けるべきではない。よそ見はせず、しっかりと守ってやるといい」
「で、でも…っ。……わ……分かったよ」
「悪いな。俺にはまだ他に成すべきことがあるのでな。だが、お前の手紙は間違いなく爺さんに
届ける。安心しろ」
「あぁ、頼む。恩に着るよ」
「あの……助けてくださって、ありがとう」
「気にするな……せめてもの償いだ。だが、安心するのは早い。ここから完全に脱出するには、
あの小型飛行機を動かさなければならん」
「……はい」
「お前が普段使っている機体、俺も、あの特殊装置を外せないものかと色々試してみたのだが、
やはり無理だった。すまない」
「アンタが謝ることじゃない、むしろ、感謝するよ……でも、そうだな。代わりの機体がだいぶ
古いみたいだから動いてくれるかどうか不安だけど、なんとか頑張ってみる」
「俺も先ほど、一通りあの古い機体の点検と整備をしてはおいたが、無事飛べるかどうかまでは
保証できない。だが、あきらめの悪さと打たれ強さがお前の取り柄だ。どうにか逃げおおせると
信じている。それに、お前には風の女神もついていることだしな」
「あ……」
「?……なんだかすごい言われようの上によく分からないんだけど……うん、任せてくれ」
「うむ」
「それじゃ……もう、お別れ、なんだな」
「そうだな。……ロキ、アウラ、二人とも達者でな」
「あぁ、あ……兄貴こそ、な!」
「面と向かって言われるとむず痒いが……悪い気はしないな。ロキ、これまでのこと、感謝する」
「僕のほうこそ、さ」
「お前に風の加護があるように。無事を願っている。では、な――」

男はそう言って、最後の最後まで自分の名を名乗らないまま、通路の闇の向こうに姿を消した。
僕も敢えて名前を聞かなかった。
理由は自分でも分からないけど、名前を知らなくても通じあえた気がしていたから。
ありがとう……アンタこそ、どうか無事に生きていてくれよ。
すでに見えなくなった背中の残像まで見送ってから、アウラのほうにまっすぐ向き直った。
これからこの長い梯子を昇るのか、しっかりアウラを支えていかなきゃな。

「アウラ。これから上まで昇るよ。僕にしっかり掴まって。足、滑らないように気をつけて」
「うん、ちゃんと掴まる」
「よし……じゃ、行くぞっ!」

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

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