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『空のそらと、風のうた』~episode:13 -ゆずれないもの-

「なかなかいい殺気を放っているな。上出来だ」
「アンタがそんなつまらない言葉を吐くとは意外だよ。でも当然だろう?なんたって用心棒の
“旦那”が目の前にいるんだぜ。そりゃいやでも、そうなっちまう」
「懐に隠したそいつを下ろしてくれないか。怖ろしくてかなわん」
「あぁ、僕もアンタが怖ろしくて、撃っちまいそうだ」

微塵も怖れていないと分かる様子で、男が剣に手をかけ、僕の動きをけん制する。
目の前にいるこの男は、飛行機の操縦から戦闘術、格闘術まで、あらゆることに長けたプロだ。
僕みたいな素人が放つ粗い殺気の先に、すでになにかを気取られていても、なんの不思議もない。
それでも僕はこの銃を下すわけにはいかない。下ろせば、目の前には、死、しかないはずだ。

「単刀直入に言おう。銃を下ろせ」
「アンタ、ふざけているのか。僕を甘く見るなよ。敵の目の前で武器を下ろす奴がどこに
いるっていうんだ。……こうなりゃ最悪、刺し違えてでも――」
「ここまで大それたことをしておきながら、ずいぶん潔いことを言うのだな。目的を達することなく、
刺し違えても、などとそんなにも簡単に腹を決めるのか。その程度のものなのか、お前の目的は」
「そうじゃない!……でも、それじゃあどうしろって言うんだ。僕だって命懸けでここまで来た、
でも誰より会いたくないアンタによりにもよってこのタイミングで見つかって……戦ったところで
勝ち目もない。だったら、諦めるしかないだろう、違うか!!」
「まったく……お前は骨があるのか、ないのか、どちらなのだ」
「知るか、そんなこと!」

僕と男が今まさに睨みあい対峙しているその場に、増員されたばかりの見回り達が駆け足で
近づいてきた。
……いよいよ、どこにも逃げ場がなくなって来たらしいな。

「見つけたぞ!!おい、こっちだ!!」
「ようやく会えたなぁ、ガキが手こずらせやがって!!……って、旦那!なにをしているんです、
はやくそのガキをや――」

それを最後に、見回り達の言葉が途切れた。
男が放ったまばゆい一閃が夜の闇に一筋の光を描くと、見回り達はばたばたと地面に倒れ込み――
そして、動かなくなった。
自分の目に映っているものがなんなのかを理解した途端、急に激しい吐き気がこみ上げてくる。
この男、平然とした顔で、なんてことを――。
「う、ぅ、あ、アンタ!!……なんでそんな。そいつらは、アンタの仲間じゃないのか!!
馬鹿野郎……そんなに簡単に、人を……!」
「これが俺の仕事……だった。だが安心しろ、気を失っただけだ。簡単には目を覚ますまいが」
「な、なんだ。い、生きてる、のか。……くそっ、だけど!そんな、仲間をこんなふうに――」
「確かにこの連中は俺の部下だったが仲間とは違う。俺の邪魔をするなら……こうなるまで」
「アンタって奴は……!!」
「悪いがその話に付き合っている暇はない。話を進めるぞ。お前はあの地下牢に用があるんだな」
「……あぁ、そうだよ。閉じ込められた時に、うっかり忘れものをしてね。すごく…大事なんだ」
「大事、か……その命を懸けてまでも救う価値のある女なのか、あれは」
「あれ、なんて呼ぶな!彼女にはアウラっていう名前があるんだ!!」
「叫ぶな。これ以上ここに居ることが大勢に知れたら、さすがに俺でも対処しきれん」
「……分からないな、部下は問答無用で斬り伏せておいて、どうして僕にはそんな警告めいた
ことを言うんだ。アンタの役目は部下じゃなくて、僕を“処分”することなんじゃないのか」
「俺がお前を探していたのは……連れていきたい場所があるからだ」
「連れていきたい場所、だって?ふざけるのもいい加減にしろよ」
「ふざけてはいない。それに、これはお前にとって、決して悪い話ではないのだがな」
「どこに連れていく気かは知らない。けど……嫌だね。仲間……部下にあんなむごいことをする
奴のことを、どうやって信じろって言うんだ。のこのこ付いていくとでも思っているのか」
「ではどうすればいい。俺が武器を置けばいいのか」
「そんなもの一つ置いたって、どうせ他にもたくさん隠し持ってる、知ってるんだぞ」
「では、服ごと取り払えば満足か」
「……やめとくよ。アンタのそんな姿なんか見たくない。それに、アンタの体は、それ自体が
武器みたいなもんだからな。下手な真似をしたら、撃つぞ」
「そう、むやみに人を信じないのは良いことだ。長生きできる。だがこの現状では、お前一人に
なにができる。一人で戦ったところで命を落とすことは目に見えているぞ。強がるよりも大切な
ことが時にあるのではないか」
「……それは」
「ついて来るか、来ないか。俺を信じるか、信じないか、それはお前の自由だ。好きなほうを選べ。
ただし、猶予はそう無いぞ」

自由――四年も前の、あの晩と同じことを言う。
なにを考えている、どうして僕にそんなことを言うんだ。
男の表情を読み取ろうとしても、昔と変わらず、不気味なほどなにも見えてこない。
それに、今まで選ぶことを許されなかった僕の前に選択肢をぶらさげてどうしようというのか。
どうしようもない感情に襲われ、疑心暗鬼に陥りかけた僕に、男が不意にぼそりと呟いた。

「俺は」
「な、なんだ。動くな!」
「……俺も、お前と同じく、あの場所出身なのだ」
「な……!?」

男が衝撃の一言を、淡々と口にした。
あまりにも突然の告白に、不覚にも頭が真っ白になる。この男には、いつも驚かされて
ばかりだが……。この話だって、簡単に信じていいものなのか。
男は、僕のそんな想いを知ってか知らずか、ありふれた思い出話でもするように言葉を繋ぐ。

「あの爺さんは、まだ生きているか」
「爺さんって、おい、まさか……」
「そうだ、お前を育てていた爺さんだ。実は俺も小さな頃からずいぶんと世話になったんでな」
「なんだって……まさか、そんな馬鹿な。アンタまで下層の人間だったっていうのか!?」
「叫ぶなと言っている。近頃では重い病で伏せっていると聞いていたが……“あの時”の薬は
効いたのか」
「薬のこと、気づいていたのか……アンタにはかなわないな」
「屋敷内の金目のものは手つかずのまま。その他のものも一つとして無くなっていなかった。
金にがめつい屋敷の人間共はそれにすっかり安心すると、誰も薬の棚など確認はしなかった。
だが、俺は爺さんが病に伏せっていることを下層に降りた時に知った。だから、なんとなく、
お前が屋敷に入った理由も想像できた、というわけだ」
「……」
「お前が屋敷を抜け出す時に俺の部下共に見つかり、襲われていた時もそうだ。どんなに叩き
のめされても、自分を庇うでもなく、ずっとなにかを必死に守っていたようにも見えたしな」
「……」
「もっとも種を明かせば、単に薬瓶が減っていたことに気づいただけのこと、という話もあるが」
「……そう、か」
「馬鹿なヤツだ、どうせならもっと高価なものを盗めただろうに。なぜそうしなかった?」
「僕が欲しかったものはそんなものじゃない、爺さんを助けるための薬だけだ。それに、金だの
宝石だのを盗んだら、それこそ、アンタ達は大挙して僕達の居場所に押し寄せて、僕達のことを
痛めつけるんだろう」
「手厳しいな。だが、否定はせん。当主に命令されれば、俺は大抵のことはなんでもしてきた」
「……爺さんは無事だ、今じゃ嘘みたいにピンピンしてるよ。あの時アンタが見逃してくれた
おかげで、薬を持って帰ることができたし。そのおかげで元気になって、まだまだ生きる!
……って言ってた」
「そうか、それはなによりだ。彼は俺にとっても親のようなものだからな」
「――てことは、だ」
「……なんだ」
「ある意味、僕とアンタは兄弟みたいなものってことじゃないのか」
「……話が飛躍しすぎだぞ。まったく、お前の順応性の高さには、呆れを通り越して感心する」
「だってそうじゃないのか。それにさ、順応性とやらがなければあの場所では生きていけない、
それくらい下層出身ならアンタだって知ってるだろ?」
「確かにな。それに、俺とお前が兄弟、というのも、なかなかに面白い話かもしれん……だが、
今はお喋りはこれくらいにしておこう。さぁ、どうする。腹は決めたのか」
「まあね、アンタを信じることにした。アンタの昔話を聞いたからじゃない、僕の意思でだ」
「そうか……ではついてこい。当主直々に知らされた隠し通路へと向かう。これは用心棒共の
頭である俺にしか知らされていないのでな、そこからならば無事、地下牢にも潜り込めるだろう」
「待ってくれ、あと一つだけ気にかかることがある」
「手短にしろ」
「さっき、僕が見回りに見つかった時に聞いたけど、当主が亡くなった、というのは本当なのか」
「そのようだ」
「でも、だったら、さ。もしも、そうなんだとしたら、アウラはもう自由の身になれるってこと
なんじゃないのか?それなら、慌ててここから逃げ出さなくても……」
「どこまでも甘いな、お前は。この上流社会という世界がどんなものかをまるで分かっていない。
彼女はかねてから当主にすり寄ってくる老害共のお気に入りでもある。当主がこうなった以上、
その者達の間で奪い合いが始まってもおかしくはない。そうなれば、これまで以上に過酷な日々が
彼女を待ち受けることになるぞ。仮に、そうならないとしても――」
「……しても?」
「誰にも必要とされなかったとして、そうなれば彼女はどうなると思う。彼女はもともと下層の
生まれ。そして、この屋敷で彼女を必要としていたのが当主だけならば、彼女はもう用済みだ。
当主が居てこそ、彼女はこの屋敷での待遇に、一定の保証を得られていたのだからな」
「そんな……」
「どちらにせよ、このままでは彼女にとって良い結末が待っているとは思えんが……どうする」
「いや……どうもこうもない。僕はまた間違えるところだった」
「どういう意味だ」
「ここから連れて逃げるって、そう約束したんだ。なのに、もし他に良い未来があるなら……
なんて、アウラの意思を無視して考えるのは、またアウラを裏切るってことになるんだよな。
もちろん、他に良い未来があるなら掴んでほしいけど……そんなものはないんだろう?」
「おそらくな」
「だったら、僕には選択肢なんてない。約束したとおり、彼女を助け出して逃げるだけだ」
「うむ。それでは動くぞ。隠し通路の入口は当主の部屋にある。本来は有事の際、隠れ場所への
逃げ道として使うための通路だ、あまり綺麗とは言えないがな」
「汚れるのには慣れてるよ。いいから連れていってくれ」
「よし……来い!」

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

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