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『空のそらと、風のうた』~episode:09 -自由の対価-

今日だけですでに二度も散々痛めつけられ、すっかり、いたぶられ癖がついてしまった僕は、
今度こそ明るく悪趣味な部屋ではなく、ジメジメとした薄暗い場所で目を覚ました。
申し訳程度に灯された灯りが、固い寝台から半身を起した僕の後ろ側に、ぼんやりとした
僕の影を作りだしている。
体の痛みを堪え部屋を見回す……ものすごく汚い。それも、下層のほうがましだと思えるほど。
岩場をそのままくり抜いて造られているのだろうか、荒々しい岩肌から滲み出てくる地下水が
雫となり、僕の体を濡らし続けている。雫といっても、こうも繰り返して降ってこられると
馬鹿にできない。
湿度が高く、ただでさえ服が湿気ている上に、絶え間なく降り続く雫のせいで、徐々に体温が
奪われているのを感じる。このままでは凍えてしまいそうだ。
それにしても、なんの音も聞こえないが……ここはまだ屋敷の敷地内なのだろうか。
あるいは、とうとうどこか知らない場所に捨てられたのかもしれない。

どうせ僕みたいなのが一人いなくなろうが、誰も気にしない、と……自分で考えておきながら
切なくなる。無闇に気が滅入るのも、この悪環境のせいかもしれない。
ようやく薄暗い部屋に目が慣れてきたところ、視界に、この部屋と外を繋ぐ唯一の扉が映った。
開くわけないよな、と思いながらも、軋む体に鞭打って立ちあがり、扉の取っ手に手をかける。
ガタガタと頼りない音はするが、守りは堅いようだ。押してもみたが、同じだった。

ガタガタ、ガタガタガタッ!!

「ふぅ……だめだ、全然開かないや。鍵はかかってるのに内側には鍵穴一つ見当たらないし。
どうなってるんだ。脱走させないため……」

――脱走、とふと思い、僕は初めてここが地下牢なのではないかと気づいた。
なるほど、気を失う前から今までのことを想像してみると、それが一番しっくりくる考えだ。
だが、もしそうだとしたら、脱出はなおのこと容易ではない。
辛うじて服までは奪われなかったものの、隠し持っていた針金も、なにもかもが無くなっている。
もっとも内側に鍵穴がないのだから、針金を持っていてもどうすることも出来なかっただろうが。

一つ気になるところがあるとすれば、扉を押し引きする時にガタガタと音が鳴ることだろうか。
音が鳴るのは、そのぶんだけ弛みか、隙間があるのだろう。この湿度のせいかもしれない。
いずれにせよ、扉は完全に密閉されていない状態なのだろう。
それに、あれだけガタガタと派手な音を立てたにも関わらず、誰ひとり咎めに来る者もいない。
これは……チャンスなのか。だとしたら、強行突破しかない。
そう考え、もう一度、じっくりと部屋を見回してみる。

部屋あるものと言えば、朽ちかけた木の椅子が一つ、湿気と水分をたっぷり含んで腐りはじめた
いくつかの木箱で作られた、酷い匂いのする寝台。
念のためその下を覗きこんでみると……どういうわけか、そこにはまだ比較的新しい木剣が一本、
転がっていた。木剣?……なんでこんなところに木剣が。
それは明らかにこの場に不釣り合いなものだった。だが、これはかなり心強い。
でも、これから使いものにならなくなってしまっては困る。
先に少しでも他のもので扉に衝撃を加えてみようか。
そう考えた僕は早速、木の椅子を掴みあげると、扉に向かって思い切り打ちつけた。

ガン、ガン、ガン、ボキッ!!

「……あ」

木の椅子は想像以上に脆く見事に砕け散った。まぁ仕方がないだろう。元々朽ちかけていたのだ。
そう思いながら扉に目をやると、頑丈なはずの扉に、わずかだが亀裂が入っている。

「……うっそ、おい。こんな椅子でか?」

予想外の扉の脆さに驚いたが、これは僕にとってかなりいい話だろう。
なるほど、この扉も木で出来ているのなら、この椅子や木箱の寝台同様たっぷりと湿気と水分を
吸って、朽ちていてもおかしくはない。これなら、あれで破壊できるかもしれない。
今度は、明らかにこの場に似合わない木剣を拾い上げて、もう一度、扉を叩きのめす。

ガンッ、ガンッ、ガンッ……ドカッ、グシャ、バキッ!!

僕の目の前に偉そうに立ち塞がっていた扉は、木剣を振り上げ、叩きつける度にささくれ立ち、
木片を飛び散らせ、徐々に響かせる音も次第に変わってきている。
思ったとおり、湿気と水分を吸っているせいで扉はたわみ、脆い部分も多かったようだ。
だが、まだ開きそうにはない。
どう衝撃を加えればいいかが分かれば木剣への負担も減るし、扉にも効きそうだが、
剣術もなにも知らない僕は、ただ叩きつけるよりどうすることもできない。
救いは、手に握った木剣が、まだまだ問題なく使えそうなことだけ。
それならいっそ、このまま闇雲に扉を叩き続けるしか、道はない。
木剣まで壊れたら……その時は運の尽きだ。そう覚悟を決めると、さらに扉を叩きはじめた。

「はぁ、はぁ、っはぁ……どうだよ、おい!!」

辺り一面に扉だったものの木片が散らばった頃、むせ返るような湿度のせいで汗まみれになった
僕は扉に近づき、どれくらい破壊できたのか、手触りで確認しようとした。
そのとき、扉の向こう側にある灯りだろうか、まだほんの少しだが、さらに薄くなった扉の
隙間から差し込んだ。分厚い雲間から一筋の光が差し込むように、その光が僕の希望に変わる。
あれだけ暴力的に扱われた木剣は、今のところまだ原型を留めてくれてはいるが、よく見ると
所々に亀裂が入り、弱っているのが分かる。
扉に穴が開くのが先か、折れるのが先か……ここまで来たんだ、やるしかない。

「開けっ、開けって、ほら!っ!!」

ドカッ、グシャ、バキッ!!
なりふり構わず、扉の弱った部分をひたすら攻撃し続ける。
やがて――。
グシャッ!!と、派手な音を立て、唯一の頼みの木剣が折れてしまった。
しまった……コイツが先だったか。

「……あぁ」

情けないため息のような声が漏れ、残響になって何度も空洞に響く……頼むからやめてくれ。
それより、どうする……どうするんだ!?
扉はというと、木剣で重点的に攻撃していた一カ所が、だいぶ薄くなってきてはいるのだが、
あと使えるものは……おそらく木箱の寝台では、なんの傷も与えられずに壊れてしまうだろう。

「くそっ、ここまで来たのにお終いかよ!!」

万策尽き、苦し紛れに扉を蹴飛ばす。
ガンッ!!……ボロボロボロ――。
あれ、木剣で突いている時よりも、大量の木屑が辺りに飛び散っている、ぞ?

「……あ」

なんでこんな簡単なことを思いつかなかったのか。僕にはまだいいものが残ってるじゃないか。
この手と足が。木剣がここまで穴を開けてくれた以上、このまま黙ってあきらめることなど
できない。ならば、一か八か、やってみるだけだ。

「そらっ!…………ってぇーーーっ!!」

扉を勢い任せに蹴りはじめた途端、ものすごい痛みが足を襲った。
今までは木剣だったから平気だったのだ……まったくどこまで馬鹿なのだろうか……僕は。
それでもまだやめるわけにはいかないと、痛みを堪えて、何度も何度も、扉を蹴り続けた。
いつしか爪が剥がれたようで、底の外れかかった安っぽい靴の上から、血がにじむのが見えた。
それでも、これぐらいの痛みで、まず命を落としたりはしない。
それに、もしここが屋敷内の地下牢なら、いずれ僕を“処分”しに恐ろしい男たちがやってくる。
こんな場所に入れられて……その上、やられるなんて、冗談じゃない。
その思いだけが、僕を突き動かしていた。
「くそっ、うりゃ、たぁ!!」

……ガッ!!

それまでの苦労や痛みに似合わない、なんとも軽い音を立てながら、最後の難関が崩れ去った。
といっても、まだ、腕が通るくらいの狭い穴だったが、それでも一歩前進したことに変わりない。
取っ手がどういう状態か確認するため、今度は少し体を低くして、腕をその穴に潜り込ませる。
内側の取っ手の位置からすると、おそらく目いっぱい腕をのばせば、届くはずなのだ。
だが、バリバリと尖った扉の粗い断面と木片が、僕の腕を容赦なく刺していった。

「う、ぐぅ……こ、こんな……所で、絶対に、あ、あきらめねぇぞぉぉ!!」

剥がれた足の爪と、腕に突き刺さる鋭い木片。そして開かない扉。
くじけてしまうには十分な材料が揃っていたが、今はむしろそれらが僕を突き動かしている。
生きている。まだやれる、と。
腕が傷つくのを怖がっていたら、これ以上は進めない。進めなければ、どのみちここでお終いだ。
そう思うと、僕は思い切って、外側の取っ手があるであろう方向へと、目いっぱい手を伸ばす。

「~~~~~っ!!!!!」

経験したことのない痛みが、一気に押し寄せてきた。
ガリガリと腕の肉を削ぎ落とされるような、そんな感覚に固く目を閉じて、歯を食いしばる。
ひとまず痛みが過ぎるまで……と、だいぶ荒くなってしまった呼吸を整える。
目を閉ざした暗闇の中、僕は不思議な感覚に捕らわれていた。
今までは、どこでどうなろうが構わないと思っていたはずだ、それなのに、どうしてこんなに
必死にここを抜け出そうとしているのだろう。
もしかして、僕は今――。

「はぁ……はぁ、く、くそ。もうすぐのはず、なんだ!」

少しだけ痛みが引いた頃、余計な考えを頭から追い出し、もう一度覚悟を決めて手を伸ばした。
再び激しい激痛に見舞われるが、その代わりに傷だらけになった腕が……手がなにかを掴んだ。
これは、形状からして、外側の取っ手、なのか……?
うっかりそれを手離してしまわないように手のひらに感覚を集中させて、それの様子を探る。
……その取っ手らしき部分の少し下のほうに、なにやら引っかかるものがあった。
それも押せばへこむような。
これがなにかは分からないが、せっかく掴んだのだ。もしも押せるなら試してみる価値はある。
一つだけ大きく深呼吸をして、酷く痛むその腕をさらに外に押し出し、全力でその出っ張りを
押し込んだ。
すると――。

がちゃり、と音を立てて、扉が開いた。

「え……うそ、だろ。鍵は……たったこれだけだって!?」

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

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