/

『空のそらと、風のうた』~episode:08 -誰のものでもない風-

その晩から数日が経った、ある日の早朝――彼女が脱走を図った。
しかし、屋敷を抜け出すどころか、部屋を抜け出してまもなく、すぐに捕まってしまったという。
それとちょうど同じ頃か、その少し前くらいに、僕はあの晩に彼女と出会った部屋を探していた。
暗闇の中、おそらく歩いたと思われる道をなんとかたどりつつ、屋敷をさまよいながらようやく
部屋を見つけ出した。だが、彼女はやはり、いない。
元々、この部屋は仮部屋だったわけだしな……。
でも、できれば、もっと話をしてみたかった。本当の部屋の場所を聞いておくべきだったな。
そう思いつつ、知らないものは仕方がないので、あきらめて整備場に向かおうとしたそのとき、
不意に、屋敷内が慌ただしく殺気立った空気に包まれた。
まさか、また僕を……?と警戒するが、今のところ僕のいる場所に誰も来る様子はない。
だが、ここでうろついていれば、また誰かに見つからないとも限らない。
やはり、余計な負傷は、なるべく避けたいところだ。
僕は早々にその場所を離れつつ、屋敷内で起きている騒ぎの原因を探ってみることにした。
しかし、なかなか思うように情報が得られず、再び、仕方ない……と整備場に向かったところ、
整備場のすぐ近くにある、塔の向こう側から、見回りの男達の声が聞こえてきた。
なにか聞けるかもしれない、と、塔の脇にある道具小屋に身を隠し、息を潜めて様子をうかがう。

「お人形さんはみつかったのか」

お人形さん……だって?
コイツら、いい歳をして、なにを血眼になって探し回っているんだか。
いくら上流社会が理解し難いことで一杯だからといって、さすがにわけが分からなさ過ぎる。
気味悪さすら覚えるが、どのみち僕が聞きたい類の話ではないようだ。
そう思い、こっそりとその場を離れようとしたとき、相手の男の返事が耳に飛び込んできた。
それも、なにか不穏な気配のするような。

「あぁ、ついさっき捕まえたとさ。一応、無傷だそうだ」

捕まえた……人形をか。
それに、無傷……一体どういうことなんだ?

「そうか。にしても、あの娘も大人しい顔をしてずいぶん大胆なことをやってくれるよな。
おかげで、こんな朝っぱらから動員がかかるわ、当主様がブチ切れて荒れるわで、こっちも
エラい目にあったぜ」

あの娘……大人しい、人形……当主、お人形さん……。
……まさか、アウラなのか!?

「まったくだ、まぁ、娘が一応無傷で捕まったんで、当主様も少しは機嫌を直されたようだが、
今日は用心するに越したことはないぜ、おっかねぇからな、当主様は」
「……しっ!馬鹿野郎、声がでかいんだよ、誰がどこで聞いてるか分からねぇだろうが……
気をつけろ」
「だな……わりぃ。じゃ、俺は持ち場に戻る」
「あぁ、じゃあまた後でな」

騒ぎの理由は、彼女の脱走……だって!?
奴らの会話を盗み聞きしてようやく知ることができたが、できればこんな話は聞きたくなかった。
彼女をそんな無謀な行動に駆り立てた引き金が、この僕なのだとしたら……
だとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
どうして、あの時、首を縦に振らなかった。
どうして、あの手を取って、ここから連れだしてやれなかった。
どうして、君は、そんな無茶をした……?
どうして、どうして、どうして!!
まるで馬鹿の一つ覚えのように、その言葉だけが、僕の頭も体も、埋め尽くしていく。
どうして、だって?
――分からないのか、彼女がどれだけの想いと覚悟で、あの手を差し出していたのかを。
こうなってから初めてその重みが分かるとは……つくづく、どうしようもない。

〈まぁ、お前が一緒でも、どのみち捕まってたさ〉
……うるさい。
〈でも、彼女はジジイの大切なお人形だからな、“処分”されることはないって〉
……うるさい、うるさい。
〈お前が一緒だったら、お前だけ“処分”されてたかもな〉
うるさい、ウルサイ、黙れ!!
僕は、悔恨の言葉に埋め尽くされた自分自身に押し潰されそうになり、たまらず喚いた。
「おい、うるせぇぞ。誰に言ってんだ、こら!!」
「……え!」

立ち去ったはずの男達が、僕の真後ろに立っていて、物凄い形相でこちらを睨んでいた。
先日の恨みもあるのだろうが……それ以上に不穏な空気を感じるのは、気のせいだろうか。

「なんだおい、テメェ、なんでこんなところに居る。今の話、聞いてたのか」
「い、今の話って……アウラの――」
「おい、当主様のお気に入りを、テメェごときが呼び捨てにするんじゃねえよ!」
「コイツ、なんで名前知ってんだ……ま、いいか。にしてもいいところにいたな。ちょうど
こっちもムシャクシャしてたんだ。この間のツケを、きっちり払ってもらおうか」
「え、なに。ちょ、ちょっと!」

自分の身になにが起きているのか未だ理解できていない僕に、激しい痛みが状況を伝えてくれる。
ようするに、僕はまた先日のように思いきり殴り飛ばされていた。

「おら、ノビてんじゃねぇよ。下層の奴ってのは打たれ強さだけが取り柄なんだろうが、よっ!!」
「……うっ!!」
「そら!!」
「うぅ……うぐぐ……」

踏んだり蹴ったりとは、このことなのか……違うな絶対に。理不尽に殴られ蹴られ、叩き伏せられる
苦痛に耐えきれず、僕はつまらないことで頭を満たして、意識を遠くに飛ばし――。

――。
ここは……どこだ。眩しい……朝、なのか。
思考も視界もはっきりしないまま、僕は周りを見回そうと、体を起こしてみる。
痛っ。あれ、どうしてこんなに体が軋むんだ。この間、痛めつけられたのがまだ響いてるのか。
……まさかな。でも、さっきまで僕は確か……。
と、そこでようやく記憶が戻った。

そうだ、ガラの悪い見回り連中に、この間のツケと言って酷い目に遭わされたんだったか。
視界も少しずつ像を結び、徐々にくっきりとした輪郭を描きつつある。
しめた、と思ったが、次の瞬間には、くっきり見えるようになったことを激しく後悔していた。

近づくことを禁止されていたため、ここがどこなのか一瞬分からなかったが、どうやら僕は、
当主の部屋に連れて来られたらしい。
大きな宝石の付いた指輪をはめている、ゴツゴツとした骨のような十本の指。
無駄なまでに装飾が施された杖。高価そうな布地で織られた服。そして、豪華というよりも、
持ち主の趣味の悪さがうかがい知れる装飾品や調度品に囲まれた“奴”が、黄色い歯を見せながら、
下品な薄ら笑いを浮かべて僕を見下ろしていた。

「ほほっ、ようやくお目覚めかの、良~いご身分じゃあ~、のう!」

奴はそう言うと、薄気味悪い笑顔のまま杖を振り上げて、僕を打ち据えた。

「……ぐうぅ。どうして、こんなことを。僕がなにをしたと!!?」
「キサマ、よくもぬけぬけとそんなことが言えるものじゃなぁ」
「な、に?」

バシッ。
薄ら笑いを貼りつかせた奴の目には、僕への明らかな憎悪と、狂気が宿っているように見えた。

「アウラがのぉ、逃げ出そうとしよったんじゃよ。今まではそんな真似をするような馬鹿者では
なかったはずなんじゃが、最近、ちと様子がおかしいと思うてなぁ。それにキサマが数日前の晩、
アウラがいた部屋から出てくるところを目撃した者もおるようだ」
「……」
「それで、此度の騒ぎに、キサマが関係しているのではないかと思うたのよ」

そんなまさか……まさか、あの晩の見回り連中の誰かが、喋ったっていうのか。
だが、あの晩のことは、その場にいた全員が、あの男にきつく口止めされていたはず。
それを証拠に、僕が盗みに入った件については奴はまったくなにも言っていない。
どういうことなんだ。どうしてアウラに会ったことだけが、ばれている……。

「おい、キサマ。なにを黙っておる。なにか言わぬか。アウラになにを吹き込みおった。
従順で可愛いワシの“お人形さん”に、なにを入れ知恵したのかと、聞いておるっ!!」

バシッ、バシッ、バシッ。
急に語気を荒げると、僕の返事を待つこともせず、その手に持った凶器で僕を打ち据え続ける。
……気持ち悪い、気持ち悪過ぎる!!
彼女が人形扱いされていたことは気づいていたが、まさか奴の口から“お人形さん”などという
言葉を聞くとは……これだけで気絶できそうなくらい最悪な気分だ。
だがそんなことよりも彼女が捕まった今、その後どうなったのかがなにより気がかりだった。
……この際だ。もうなりふり構ってはいられない。

「おいこら、ジジイ!お前、あの子になにをしたっ!!」
「あぁん!?……なぁに、なにもしとらん。あの娘は大事なお人形だからの。傷つけるような
真似はせん。だが、少しばかり甘やかしすぎたようじゃ。人形は黙っておとなしゅうしとれば
良かったものを、近頃はいささか勝手が過ぎるようになっていたからな、ちぃと暗いところで
“反省”をさせておる。おのれの身の程をちゃあんと、わきまえられるように、なぁ」
「それはどういう意味だ!!?」
「キサマに話すいわれはないわ。それよりもキサマ……自分の心配をしてはどうだ。ん?
ワシにようもそのような口が叩けるの。そうかそうか、キサマにも躾が足らなんだか。なれば、
キサマにもちぃとばかり躾をしてやらなければならんの……やれ」

そうして奴が忌々しそうに顎をしゃくったのを合図に、再び、いや、先日のを合わせれば三度か、
粗暴な男共に囲まれ、結局、僕はまた意識を失うまで、いたぶられ続けるはめになってしまった。
だが……これは、あの手を掴めなかった僕の中途半端さが招いた結果なのかもしれない。
すまない、アウラ……。
届かぬ謝罪を繰り返しながら、僕の意識は再度、闇の中へと落ちて行くのだった――。

作品紹介

『ぬくもりのうた』(未発表)
詞のイメージ・ストーリー

製作:2012年

佐々木 聡太郎

コメント(0)

コメントを読むには、ログインが必要です。

作者の他の作品

オリジナル

homemade (instrumental) [archives]

  • ポップス
佐々木 聡太郎
10回再生

pray

The world is filled with songs of love.
but, the world is not filled with love.

No matter how many I get my hands on, it will never be filled.

佐々木 聡太郎

虹色カナタ

たとえ離れても 共に過ごした日々が
二人 つないでゆく 約束になるなら
いつかまたボクら もう一度 会えるよね
虹が生まれた あの二人だけの場所で

佐々木 聡太郎