一人の道 / 茶木みやこ
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作品情報
| ジャンル | フォーク |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
私が、高校一年生の冬のある日、陸上部の練習のためグランドに集合した時、先生から「円谷幸吉」さんの死を知らされました。
それも、自殺との事、思わぬ出来事に驚きました。
「マラソンは人生と同じ、頑張りとおす事が、生きる力の支えになる」と、何度も聞かされ、入部した私でしたから。
円谷さんは、東京オリンピックで「銅メダル」を獲得してから、メキシコでは「金メダル」を獲得すると宣言していたのですが、その後は、体の不調、真面目な性格から、精神的な不調も抱えて、苦難の日々を送っていました。
遺書には、
・・・
幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
・・・
幸吉は、父母上様の側で暮らしとうございました。
と、書かれていたそうです。
この事がもとになり、歌詞が書かれ、曲が出来ました。
大学生デュオ、ピンク・ピクルスが歌いましたが、すぐに解散し、しばらくして後に、活動を再開した茶木みやこさんが歌い継いでいます。
ところで、私は、一年間陸上部で頑張りましたが、長距離選手としての才能が無いと判断され、それとなく退部を促され、運動部からは遠ざかりました。
でも、練習で培った「根性」で、人生の坂道を、何度も登って来れました。
石田 さゆりコメント(8)
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