やさしさを繋ぐように
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作品情報
| ジャンル | フォーク |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
うちは、親父が子煩悩で無くて
何処かへ出かける時は全て母が連れてってくれました
親父はおまけにグウタラで仕事も適当な人だったので
お金には年中困っていたもので
夜中遅くまで母が縫い物の内職をしたり、朝はヤクルトの配達をしたり
風邪をひいた時も母が負ぶって病院につれて行ってくれました
京都の太秦という所にある「井本医院」は当時、注射をあまり打たないお医者様だったので
私は注射が大嫌いなもので、母はそこに連れて行ってくれました
当時は街灯も少なく、まだ畑があちこちに残っていて
井本医院の道すがらも、暗い中
母の背中で私はとても安心を感じていたものです
その母が今月の10日に逝ってしまいました
この曲は10年以上前に書いた曲で
内容は私の母の事そのものです
録音も10年以上前ですが、風船蔓さんに歌ってもらって
とてもハートフルに仕上がってます
今回、風船蔓さんに甘えましてアップさせて頂きます
しばらくは聴くと涙が出るので聴かないようにしてましたが
今日は母を偲んで聴いてみます
みなさんもどうぞ聴いてやってください
もう10年以上前に作った曲です
中津川 裕樹コメント(4)
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