枯葉
- 80回再生
作品情報
| ジャンル | ジャズ |
|---|---|
| 参加形態 | 単独 |
| 公開 |
作品紹介
追憶のハコバン音源 No.1
この演奏は1980年代初期にワシが横浜のホストクラブ「Night Yokohama」と言う所でハコ・バンをやってた時のものである。
ワシはJazzの4ビートなど演奏できず、ワシのギターだけ何故かシャッフルしている。www
このバンドのバンマスは元GSの人で横浜ではそれなりの人だったらしいが歌手のくせに歌が下手で踊りも下手でどうしてオバハン連中に人気があるんだか判らなかった。
ピアノとドラムが兄弟でワシはベースの人に誘われて仕事を請けたのだがベースの人は一晩で来なくなってワシがそのまま続ける事になってしまった。
でも、余りにワシが下手なんでピアノの人が別のギターを連れてきてワシは一週間でクビになった。
これ以後、ワシはいろいろなハコバンを経験するのだがこのバンドが一番まともなバンドだった。
そう言えば、このホストクラブの楽屋口に「音楽家の皆様に」と書かれた看板があって「煙草の吸殻は床に捨てるな」とか「食った弁当のカスは自分で捨てろ」とか書いてあったのだが、その看板に落書きがしてあって音楽家のと言う文字を「楽天家の」と書いてあって余りに言い得て妙なので大笑いした記憶がある。
ギャラは30年前で一晩「C万」だったな。それと演奏してると暗がりの客席から気持ちの悪いバァさんがいきなり来て「チップ」を握らせるのが度々在った。でもフリフリのついたオレンジ色のブラウスとパンタロンは嫌だったなぁ。
その後一番長くやってたのは向島の料亭街でのお座敷バンドで、これは演歌中心でつまらなかったがこれは3~4年やってた。
その後カラオケの登場で仕事が減り、結局「この仕事じゃやっていけん」と思ってやめたのだ。
もういい加減音楽が嫌いになりそうだった。毎日毎晩おんなじような演歌やらつまらない歌謡曲やら気が狂いそうだったな。
それももう遠い昔の思い出だ。
小林 修平コメント(0)
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